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第1幕~クエスト☆☆☆☆ 第1幕~クエスト☆☆☆☆ もうすぐエレノア達が向こう側に回り込み、合図をくれるはずだ。 そんな事を知る由もなく、リオレウスは呑気に欠伸をしている。 それもそうだろう、リオレウスを脅かせる者は自然界にはそういないのだから。 降り注ぐ陽の光は暖かく、抜ける風は心地良い。 この陽気ではリオレウスでなくても羽を伸ばしたくなる。 『ルー…』 名を呼ばれた男は振り返り、どうしたの?といった表情をする。 『怪我…大丈夫?』 男の手甲の端からは包帯の白い布がはみ出ている。 それだけではない、胴鎧からも何ヶ所か包帯らしいものが見えている。 あの後、クエストをリタイアして急いで村に戻った。 幸い村に戻る頃にはルインの容態も少しずつではあるが落ち着いてきているようにも見えた。 しかし、ルインの意識は戻らない。 村に戻って1日、2日、一週間たっても戻る事はなかった。 ギルドの医師が言うには出血が多すぎた、と。 『覚悟はしておいて下さい』と言った医師の言葉に胸が詰まりそうだった。 エレノアと交代でルインの傍でずっと彼の名を呼ぶ、ルインが少しでも自分達を仲間だと思ってくれているのなら、自分達の声で戻ってきてくれるかも知れない。 そう信じて、そう自分に言い聞かせルインの名を呼び続けた。 ウォーレンもルインの事が気になるのか時折【栄養剤】などを差し入れに来ていた。 栄養剤は身体の代謝を高め、体力を増強させる効果があるが、寝ているルインに飲ませる事は難しい。 『リシェス……?』 それは村に戻ってきて二週間が経とうとしていた朝方の事、眠気に負けついウトウトとしている時だった。 部屋にはルインと自分だけ。 呼ばれる筈のない自分の名前。 ルインを見ると生気の無い目が開きこちらを見ている。 『元気ないね…、どうしたの?』 そう言われた瞬間涙が溢れてきた。 『リシェス?』 彼は困った様な顔をしながら問いかける。 『馬鹿!』 言いたい事は他にあった。 無事で良かった、生きていてくれて良かった。 だが、口から出たのはその一言だけだった。 嬉しくて、笑いたいのに何故か溢れてくる涙。 声を上げ、ルインに抱きつきながらただ泣いた。 憔悴しきった彼女の顔、動かない自分の身体、最後に見た真紅の飛竜。 断片的な記憶を辿り、今の状況を把握する。 『ごめんね……』 痛みに耐えながら何とか手を動かし、彼女の肩に添える。 どんなに考えても謝る言葉しか浮かばなかった。 足音が聞こえたと思うと突然ドアが開く、それも壊れるのではないかという程の勢いで。 『どうしたんですか?!』 入って来たのはエレノア、恐らくリシェスの泣き声が聞こえたのだろう。 『ルイン…!?』 驚いた顔で自分を見ているルインに気付き、ドアを乱暴に開けた事を少し後悔した。 『エレノアは元気そうだね』 そう言われて顔が紅潮していくのが分かる。 普段リシェスに“おしとやか”にと注意している分、余計に恥ずかしい。 ルインは嫌みで言っている訳ではないのだろうが、とても憎たらしく聞こえた。 『ルー、エレノアも寝ないで傍に居てくれたりしたのよ、仲間が心配だって』 ようやく落ち着いたのかリシェスが口を挟む。 『そう、心配かけてごめんね』 『…ッ!う、ウォーレンを呼んで来ます!』 そう言うとエレノアは再びドアを開け、慌ただしく走り去っていった。 残された2人は顔を見合わせ不思議そうに首を傾げる。 『おかしな事言ったかな?』 苦笑いしながらルインが言うと、リシェスは笑いながら照れてるのよ、と答えた。 暫くするとエレノアが戻って来たのか廊下に足音が響く。 ウォーレンもいるのだろう、不規則に刻まれる大小の足音、時々聞こえる木の軋む音がこの建物の古さを教えてくれる。 『生きていたのか』 『何とか、ね』 入って来るなりウォーレンが不満げに言う。 ルインは怒る様子もなく笑いながら答えた。 ウォーレンの横ではエレノアがまだ恥ずかしそうに下を向いている。 『ウォーレンも心配してくれていたの、それに色々持ってきてくれたのよ』 リシェスの視線を追いかけるとベッドの脇の小さな棚の上には回復薬や栄養剤といった薬が置いてあった。 それも少量ではなく、数もそれなりにあった。 『ありがとう……』 ルインは静かに頭を下げる。 ウォーレンは手で止めろと合図をし、部屋を見渡す。 『いや、構わん“ついで”に調合しただけだ、それにしても……』 ルインが寝ている時には心配であまり気にならなかったが、この部屋は殺風景だった。 ルイン自体がこの村に来て間もないという事もあるのだが、それにしても“物が無さ過ぎる”。 道具を入れておくための箱、これはギルドが各部屋に支給する物だが、その中身以外にルインの私物といえる物は壁に掛けられた彼の物とは違う剣。 大きさを見れば片手剣だと分かるが、彼がこの剣を持って狩りに出たところを見たことがない。 『それは、父さんの使っていた剣なんだ』 みんなの視線が剣に集まったのを察したのかルインが言った。 ハンター達は他のハンターの武器を使う事はない。 武器とは自分達の相棒。 共に戦う仲間達と同じように信じるべき物である。 それを他人が造り、他人が鍛えた物を使うのはハンターとしての誇りが許さなかった。 例えそれが親の物であっても。 自分の持つ相棒は自分が狩った者達に敬意を払いながら持つ物だという考え方が一般的だった。 『では聞かせて貰おうか?何故リオレウスに1人で突っ込んだ?』 壁に掛かった剣を見ながらウォーレンが言う。 途端に空気が重たくなった気がした。 『ずっとリオレウスを探してた、リオレウスを倒す事だけを考えながら』 何かを我慢する様にゆっくりと話始める。 ルインの表情が暗いのは怪我のせいではないだろう。 『あれはまだ俺が小さい時、遊びでそこの剣を持たせてもらったけど、重くて持ち上げる事も出来ない頃…』 それは思い出。幼い頃の暗い記憶。 思いだそうとするだけで胸の奥に黒い物が渦巻いてくる。 “それ”は少しでも気を緩めようものなら、溢れ出し目に映る全てを壊そうと暴れ出そうとする。 ゆっくりと息を吸い込み、高揚しないように深呼吸をする。 『父さんと母さんの狩りの話を聞きながらハンターになるのをずっと夢見てた。自分もいつか両親の様に凄腕のハンターになるんだって。“あの夜”も夢でどんな飛竜を狩ろうかと楽しみにしながらベッドの中に潜り込んだんだ…』 そう言ってルインは窓の外に目を向ける。 外はまだ昼にもなっていない。 しかし彼は窓に映る自分の姿に過去を見ているのだろう。 彼の目にいつもの力強さは無く、幼い子供の様に見えた。 『寝てしまえば起きるのは次の日の朝…、母さんがうるさく怒鳴るまで起きなかった。起きないはずだった。 でも…その夜は違った。 寝苦しくて、でも隣の母さんは普通に寝てて…。 何だか嫌な気分だった。 ふと何かと思って外を見ると、“空が燃えてた”。 大袈裟、と思うかも知れないけど…』 静かに語るルインの瞳は虚ろな視線を流しながら揺れる。 『夜である事を忘れてさせる程に、激しい音と村の人の叫び声。俺は怖かった…、父さんと母さんは外に出て戦っていたみたいだけど、俺は怖くてただ毛布にくるまって震えている事しかできなかった…!』 握った拳が震える。 言葉の節々から彼の激しい怒りを感ずる事ができた。 いやそれは“悔しさ”、後悔だろうか。 村の上空を恐るべき速さで飛び回り、家や人を次々に灰塵へと変えていく。 窓から入ってくる滅びの炎の煌めきが少年の恐怖心をいっそう煽りたてる。 激しい轟音が響く度に炎が揺れる。 焦りに焼かれた男の声。 絶望を見る女の声。 迎えに来てくれる、すぐに、父が、母が。 村の火もすぐに静まるはずだ。 少年は神に祈った。 助けて、と。 ただ無心に祈った。 ただ祈りの言葉を繰り返す。 村を、父を、母を、自分を助けて、と。 そして少年は神が残酷だと言うことを知る。 一際大きな爆音、激しく揺れる世界。 最後に見えたのは迫り来る“天井”。 自分でも信じられない程の叫び声を上げ、自分の叫び声を聞きながら少年は闇の中へと飲み込まれていく。 激しい地響きと共に迫り来る天井。 逃げる事も忘れただ叫ぶだけしかできなかった。 天井に下敷きになる瞬間目の前が真っ暗になった。 『それから気がついた時にはもう静かになってた、死んじゃったんだって思ったりもしたけど、体中に走る痛みがまだ生きてる事を教えてくれてた……』 そう言って彼は腕を撫でる、ハンターは大小はあるが“消えない”傷を持っている。 モンスターに噛みつかれたり、鋭い爪で切り裂かれたり。 後に残る傷を誰もが持っている。 ルインの手や体にある傷もそういったモノなのだろうと思っていた。 しかし、それだけでは無いようだ。 折れた木片、柱としての役目を終え、ただ人を傷付ける凶器と化す。 裂けた板は肉を裂き、折れた柱は体を刺す。 それは体のみならず“記憶”となって心を掴む。 ただ彼の話を聞くしか出来なかった。 相槌を打つこともできずにただ聞いていた。 ルインの眼を見ても彼は“ここにはいない”。 恐らく彼は未だ少年のままその時を彷徨っているのだろう。『幸い子供だったし、運良く隙間に入り込んだのか何とか出られそうだった。何処からか吹いてくる風を頼りに這いずりながら歩いた』 崩れた家の隙間から入り込んでくる風は決して心地良い物ではなく、血とゴムが焼いたかの様な臭いに咽びそうになる。 少し音がしただけで崩れてしまうのではないかと怯えながら少しずつ動く。 手を着いた時に木の破片が刺さったのか思わぬ痛みに声を上げる。 ひょっとしたら釘が刺さったのかかも知れないと、暗闇の中目を凝らして見るとそうではないようだった。 それでも血が出ているらしく、そっと息を吹きかける。 外はもう明け方に近いのかやや明るくなってきていた。 慎重に隙間を移動し、やっとの思いで外に出たときは汗をびっしょりとかいていた。 血の臭いには慣れれそうにはなかったが、空気が籠もる瓦礫の中より外は幾分か涼しかった。 辺りを見渡し父と母の名を呼ぶ。 辺りには人どころか、家すらないと言った方が近い様な状況だった。 燃える物が無くなり、燻る様な火や、倒れたハンター達。 昨日までは笑っていた隣の住人がいつも自慢していた装備がいびつな形に歪んでいた。 『ルイン!無事だったか…!』 そこに居たのは父。 顔に乾いた血の筋をつけ、ススを被ったのか真っ黒な顔をしている。 『大丈夫!?父さん!母さんは!?』 ━━━父の元へと駆け出す少年。しかし父からの言葉を聞く事はなかった。 『…その時の父さんの顔は今でも覚えてる。たった一晩で父さんの顔は酷くやつれていた。父さんに近寄ろうと思った瞬間、凄まじい爆風と炎が目の前を包んだ…。…目を開けた時には父さんの姿はどこにもなかった。何が起こったのか分からなかった。一瞬、ほんの一瞬で父さんは…!』 程なく訪れた朝日が残酷な風景を少年に刻み込む。 叫んだ。 父の、母の名を。 泣いた。 ただひたすらに。 誰も少年の呼びかけに応える事はなく、凄惨な情景が少年の心をただ傷付ける。 泣いていても何も出来ない、何も変わらない。 そう思う人もいるだろう。 しかし少年はただ泣く事しか出来なかった。 母に頭が上がらない様だったが、頼りになった父。 いつも怒ってばかりいたが、笑うと綺麗だった母。 頭を撫でてくれる父の大きな手も、優しい母の声ももう聞く事は出来ない。 突然闇の中に放り出された様な気がした。 どこに行けばいいのかも分からない。 しかし立ち止まっていると足から闇に飲み込まれそうになる。 それでも少年の体は生きる事を望む。 “空腹”。 空を見ると陽は地平線より顔を出しきっていた。 と言っても、少年は狩りのやり方も分からない。 朝にもかかわらず目の前が少し暗くなった様な気がした。 それでも村の中を探せば何か見つかるかも知れないと立ち上がる。 ふと目に止まった“剣”。 見覚えのある蒼い刃の剣。 父が何日かの間【王都】に出かけ、その帰りに貰ったと母に自慢していた剣だった。 父が扱う武器はハンターが使う武器の中でも軽い部類の片手剣だ。 それでも年端のいかぬ少年には引きずるのがやっとだった。 倒して怪我をしない様に落ちていたボロを刀身に巻き、腕に抱えて歩く。 父の剣でこれならば、母の持つ大剣なら…と思うとぞっとした。 『それから少しして村の中でもあまり崩れていない家を見つけたんだ。村はあまり大きくなかったけど定期的に行商人が来てたから、それまで耐えればきっと助かると思ってた』 しかし、夜なり朝になり、雨が過ぎ、いくら待っても行商人が来ることはなかった。 それもそのはずだ、村はほぼ全壊といった有り様で、そこに村があった事すら疑わしい。 消耗をなるべく抑えようと少年は毎日のほとんどを寝ながら過ごしていた。 思えばその間に行商人が来たのかも知れない。 家の中で見つけた保存食も寂しくなり、少年は日に日に衰弱していく。 それでも少年はただ“待つ”事しかできなかった。 冷たい雨に、孤独な夜に、ただ膝を抱えて泣いていた。 静まる部屋、誰も口を開かない。 目の前にいる孤独に震える彼にかける言葉が見つからない。 『…それから村を訪ねてきたというハンターに助けられて王都のギルドに引き取られたんだ』 各街や村にあるギルド、それを統括するのは王都だといわれているが、実際の所はよく分かってはいない。 王国に所属しているという話もあるが、国権に干渉されない組織という話もある。 王都のギルドには孤児院があるという。 この孤児院に預けられた子供達は厳しい修練を積み“ギルドナイト”に育てられるといった噂も流れたりしているが、彼がここにいるという事はそれも噂に過ぎないのかもしれない。 『愚かだな…』 不意に腕を組んでいた男が発した言葉。 リシェスもエレノアも驚いた表情をし男の名を叫ぶ。 しかし彼は、ルインは黙って下を向いていた。 『村を焼かれ、飛竜を追い、飛竜を憎み、飛竜を狩るのか?とても愚かな事だ』 『そう…だね』 男の言葉を彼は静かに肯定した。 彼は俯いたまま毛布を握る手に力を込める。 『ルー!?』 何故肯定するのか?彼女は理解できないのだろう。 男の言葉を認めてしまえば、彼のこれまでは愚かな事、そういう事になってしまう。 しかし彼は自分でも分かっているのだ。 『お前の村を焼いた飛竜はすでに他のハンターが狩っているかもしれん、それでもお前はその飛竜を追うのか?それはいつまで続く?リオレウスを狩ったとしてお前は憎しみの焔を消せるのか?』 それでも胸の奥で燻る“黒い焔”は彼を灼く。 孤独に震えた夜、涙を誘う冷たい雨。 その暗い思い出が焔を煽る。 『それでも…、それでも俺はあいつを、リオレウスを倒さないとあの時のままなんだ…。震えて泣いていた子供のままなんだ…』 そう言った彼はただただ強がっているだけの子供だった。 彼は子供のままなのかもしれない。 一夜にして愛する父と母を失った悲しみ。 何人がその傷に耐えうるだろうか? 凍りついた少年の時を動かすには火竜を倒すしかないのだろうか? 『それでも、俺は……』 そう言った彼の声が耳から離れなかった。 手を差し出そうとしても彼は“ここにいない”。 大事な仲間であったはずの彼がとても遠くにいるような感覚がした。 『ルー…』 エレノアに肩を抱かれルインの部屋を後にする。 話をした後ルインは疲れたのか眠ってしまった。 目覚めたばかりで無理をさせてしまったな、とウォーレンが言っていたのも気にかかる。 しかし彼は、ルインは目覚めたのだ。 変わりに彼が囚われた過去を知ってしまったが、それでも目覚めた事は嬉しかった。 その日は久しぶりにゆっくり眠れた気がした。 『怪我は大丈夫だよ、盾も握れるし剣も振れる』 ルインはそう言って微笑む。 安心させようと笑ってみせるが、彼女の心配を払う事は出来ないようだ。 『大丈夫だよリシェス、もう無理はしない。だから…』 そう言って彼女の目を見つめる。 彼女の瞳は揺れていたが、その言葉に納得したのか静かに頷いた。 あの時、彼に致命傷を負わせたリオレウスは残念ながら他のハンターに狩られてしまったが、事情を聞いたクリスが別の依頼を回してくれた。 当然、ウォーレンも同行するという条件で、だが。 しかし今回彼はルインを守る為ではなく、ルイン達と共にリオレウスを狩るつもりで来たと言っていた。 作戦はエリア3でリオレウスを森と丘の両方から挟撃しようというものだ。 巣のある丘の方からルインとリシェスが、休息地の森を抜け後方からウォーレンとエレノアが攻めリオレウスを挟み込む。 リオレウスは定期的に空を飛び回りテリトリーを監視する。 そしてある程度空を旋回すると捕食の為かどうかは分からないがこのエリア3に降りてくるのだ。 ウォーレン達が向こう側で合図をすると同時にこちらが飛び出しリオレウスの注意を引く。 そしてリオレウスがルイン達に気を取られた瞬間、時間差でウォーレン達が飛び出しリオレウスを困惑させ一気に追い込み倒す。 上手く行くかどうかは分からない、タイミング次第だろう。 ルイン達が注意を引ききれなかった場合はウォーレン達が、ウォーレン達が遅れた場合はルイン達が危険に晒される。 それでも馬鹿正直に正面から挑むよりはいいだろう。 視線をリオレウスに戻し、その赤い姿を見つめる。 見つめれば見つめるほど鼓動が早くなり胸を打つ。 これからあいつを…! 俺の村を焼いたあいつを…! 自然と剣を持つ手に力が入る。 すると目の前をピンクの色をした物が上から下へと流れた。 何だ?、と思った直後に背後に重さがかかる。 衝撃、というわけではない。 軽いわけではなかったが、バランスを崩すほど重くもなかった。 『大丈夫、大丈夫だよルー…』 耳の近くで声が聞こえて重さの正体を理解した。 リシェスが後ろから自分を抱きしめているのだ。 先ほど目の前を通ったのは彼女が着けているクックアームだろう。 視線を下げると胸元にピンク色の棘が特徴的な手甲があった。 『うん…』 お互いは鎧を身に着けている、しかし彼女の温もりを感じられる。お互いの体温など通るわけがない。 しかし確かに感じる、“自分は独りではない”ということを。 手に力が入るのを見て、過去に震えていると思ったのだろうか。 悪い気はしなかった、どこか落ち着くような気分だった。 大丈夫、分かっている。 リオレウスを狩り、俺は今日“初めてみんなの仲間”になる。 心の中で言葉を繰り返し、彼女の手を取る。 『大丈夫、俺はもう独りじゃない…、必ず倒そう!』 過去との決別。火竜の討伐。 そうして少年は初めて彼に戻る。 凍った時を動かす為の狩り。 この狩りを成功させなければ自分はいつまでも“あの時”の、震えて泣いている子供のままだ。 しかし自分を仲間と呼び、手を差し伸べてくれる者がいる。 優しい声。温かい手。あの時失った物を今はもう手に入れているのかもしれない。 それでも、それでも倒さなければならない。 リオレウスを倒して自分は…。 ふとリオレウスの向こうに動く物を見つける。 その数2つ。 大きさから見るとウォーレン達がしゃがみながら歩いているのだろう。 『リシェス、ウォーレン達が来たみたいだ』 そう言うとリシェスは静かに離れ、ルインの後ろについた。 『俺が飛び出すから付いて来て、でも無理はダメだよ?』 少し驚いた顔をした後リシェスは悪戯っぼい笑みを浮かべる。 『ルーこそ』 そう言って2人は笑い合う。 向こうではこちらが飛び出すのを今か今かと待っているはずだ。 『行くよ!』 『えぇ!』 瞬間ルインが飛び出す。 速い、元々片手剣と大剣という武器の重量差があるのだが、それを差し引いてもルインは速い。 彼の少し後ろに付いて行くのがやっとだった。 気配を感じたのかリオレウスがゆっくりとこちらを振り向く。
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カード図鑑 レア度別:☆☆☆☆☆
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『暑い……』 誰に言うわけでも、言ったところで聞いてくれる者もいないのだが、自然と口から言葉が漏れる。 額を流れる汗を手の平で拭い、息を吐く。 暑い、暑いとは聞いていたが、ここは聞きしに勝る暑さだった。 熱帯地方特有の気候、乾季と雨季に分かれておりその他の地方では見ることもないような植物が辺りに群生している。 その所為かまだ昼だとゆうのにどこか薄暗く感じる。 足元の草むらで何かが動いたかと思えば憎たらしい顔をした蛇がこちらを睨んでいたりする。 後ろで物音がしたが、恐らく木々の枝を伝っていた蛇か何かが落ちたのだろう。 ふと木の葉を裏返してみると、見たこものないような奇妙な虫が貼っている。 危険色というのだろう、赤や黄色、黒の模様がなにやら毒々しい。 『リシェスは大丈夫かな?』 ふと別行動している彼女の事を思い出す。 『別れる?』 フェルディナンドが言った言葉を理解できず、反射的に聞き返す。 理解できなかったわけではない、信じられなかったのだ。 『あぁ、ガノトトスがいるのはジャングルの奥地だ。その中を流れる川の辺りにいる』 フェルディナンドは地図の3と10と書かれたエリアを指でなぞりながら言う。 『その先には?』 『エリア10の端でこの川は滝になっているんだ、ガノトトスが自殺でも考えない限り降りたりしないと思うよ』 髪をかき上げながら彼が笑う。 実際どんな高さの滝なのかは分からなかったが、今いる場所ベースキャンプから見えている風景を同じだとしたら、例え飛竜であっても“飛ぼう”を思わないだろう。 ジャングルでベースキャンプに指定されている地点は切り立った崖の上に設営されている。 そこから望める風景は素晴らしく、息を呑むほどだ。 しかし、一歩間違って転落すればそのままあの世行きだ。 これもモンスターにキャンプを教われないようにする為のギルド側の配慮なのだろうが、テントを出てすぐに崖があるというのも落ち着かなかったりもする。 実際そんな事に気を揉むものは新人のハンターくらいだろうが。 『どうして別れるんだい?私は坊やといたいのにさぁ』 ドナもフェルディナンドの提案に納得できないのか、ルインの肩に手を回しながら文句を言う。 『このジャングルはリオレイアの巣がある事でも有名なんだ、だからまずはリオレイアがいない事を確かめたい』 リオレイア━━━雌火竜と呼ばれる飛竜で、見た目で雌雄を判別できる数少ない飛竜だ。 火竜リオレウスと同じように火球を吐き、尾に仕込んだ毒で獲物を狩る。 危険度は火竜と同じく一級で、ガノトトスの相手をしながら対応できる相手ではない。 『まず、僕とドナが1→3→7の順にガノトトスを探しながら移動する。 そしてルイン、君は1→4→6→7の順に、リシェスは2→3→7の順に回って雌火竜がいないか確かめてほしい。 もし雌火竜がいたのなら、ペイントボールでマーキングしてから全力で逃げて』 地図を見ながらフェルディナンドがやや早口目に言い、支給品ボックスから取り出したペイントボールを一つずつルインとリシェスに渡した。 『特にルインの通るルートは雌火竜の巣があるから気をつけてね』 地図にあるエリア6を指差しながらフェルディナンドが笑う。 『そんなっ!?』 リシェスが抗議の声を上げるが、ルインに止められる。 『リシェス、たぶん巣が一番リオレイアがいる可能性が高いと思う、でももし雌火竜がいたら俺が一番速く逃げれると思うから。そうだろ、フェル?』 『でも……』 フェルディナンドは満足そうに頷くとルインの肩に手を乗せ髪をかき上げる。 『僕達の中でルインの速さに勝てるものはいないよ、だからこそルインに頼むんだ。 そして、もし雌火竜がいて、誰かがペイントしたのなら直ぐにキャンプに引き返す事。いいね?』 リシェスもルインの能力を疑っているわけではないだろうが、一人にさせる事に不安があるようだ。 一人になるというのは自分も同じなのだが、先に他人の心配をするあたりが彼女らしい。 『リシェスも気をつけて』 『うん……』 自信がなさそうに返事をすると彼女は小さく頷いた。 『もっとも雌火竜がいなかったとしても、イーオスがいたりするから気をつけて。囲まれた時以外は戦わない方が賢明だと思うよ』 狩場に潜む脅威は飛竜が大部分を占めるがそれだけではない。 時として何のこともない相手によって奪われる命もあるのだ。 『じゃあ僕達は先に出発するよ。君達も準備が整ったら早めに出発してね』 『あぁ、気をつけて』 ヒラヒラと軽く手を振るフェルディナンドに別れをかわし、見送る。 『君達も、ドナいつまでルインにくっついてるの。さっさといくよ』 『ったく、うるさいねぇ!じゃあ坊や気をつけるんだよ、小娘は“そこ”で寝ててもいいよ』 言ってテントにあるベッドを指差す。 『なんですって!?』 怒るリシェスを横目にルインに投げキッスのようなものをしてフェルディナンドの後を追う。 何やら“見えないハート”のようなものが飛んできたような気がするが、見ないふりをした。 『ルー…気をつけて』 『大丈夫だよ、リシェスがくれた《お守り》もあるし』 防具の上から胸元に手をやり、ペンダントを取り出す。 紅蓮石の欠片を研磨したものだが、彼女の父がリシェスに渡した物らしい。 常温で燃えるといわれる紅蓮石だが、欠片になって力を失ったのかほんのり温かいくらいだ。 それでも彼女の温もりが自分と共にあるような気がしていた。 『うん……』 『リシェスこそ気をつけて、何かあったらすぐに逃げるんだよ?』 『……うん』 ルインを心配しているのか、それとも一人で心細いのか、力ない返事をするリシェスに不安を抱きながらルインは密林へと足を踏み込んだ。 『きっと大丈夫だよな……』 胸元からペンダントを取り出し、握りしめる。 小手を着けているせいか温もりは感じなかったが、胸騒ぎがするというわけでもない。 きっと大丈夫だと自分に言い聞かせ、目の前の洞窟に視線を戻す。 『巣にいくのはここを通らないといけないのか…』 目の前には不気味に口を開ける洞窟があった。 密林とは温度差があるのか冷たい風が流れてくるのを肌で感じる。 当然恐怖心が胸を煽り、足を竦ませる。 中が見えないということはとても恐ろしい、中に入ってみれば光があるのかもしれないが、それでも“ここ”から見える入り口は真っ暗だ。 中に入った瞬間モンスターに飛び掛られるという事も頭に入れておかねばならない。 『仕方ないよな…』 いつまでもじっとしているわけにもいかず、ルインは洞窟に向かって歩き出す。 やや傾斜しており、降りていくと沸き水が出ているのか地面が湿っている。 やがて足首までの水溜りができてる事に気がついた。 『で?私に何か言いたい事があるんだろ?』 不機嫌な顔した女━━━ドナがフェルディナンドを睨みながら言う。 『言いたいこと?』 睨まれたフェルディナンドは何の事か分からないといった感じで聞き返した。 『とぼけるんじゃないよ、わざわざチームを別けたのは理由があるんだろ!』 はっきりとしない彼の態度が彼女をさらに怒らせるのか、言葉尻は次第に強くなっていく。 『あぁ、その事かい?そうだね、君だけに言いたいことがあったのさ』 『だろう?ガノトトスのいる場所が“分かっていながら”わざわざチームを別けたんだからね。 つまり坊や達には聞かせたくない事を言うんだろ?なら早く言いなよ。 じゃないと坊やが━━━…どうしたんだい、フェル?』 フェルディナンドが笑い出したのをみて、ドナが眉を顰める。 この男は時折“こういった”行動をすることがあるが、“それは”今までのとは何処か違う気がした。 『そうだね、じゃあ話そうか━━━』 『ルー……』 どこかで物音がする度に体が硬直する。 鳥が飛び立つ音、動物の鳴き声、葉の擦れる音。 やはり一人でこのような場所にいるのは恐ろしかった。 名前を呼んでも仲間が返事してくれるわけでもなく、それがさらに恐怖心を煽っている事に彼女は気付いているのだろうか? 『……?』 ふと小さな物音に気がつく。 葉の擦れる音だが風は吹いていない。 辺りを見渡してみてもランポスなアプトノス等の小動物がいるわでもない。 それでも次第に物音は大きくなり、はっきりと聞き取れる程になった。 『あ……』 目の前にある“何か”の顔を象ったような岩、その周囲を何かが動いている。 匂いを嗅いでいるのか、鼻を地面に近づけながら歩いている。 それは【モス】と呼ばれるブタ型のモンスターで、彼らは好物であるキノコを探しているのだ。 苔がびっしりと生えた体を揺らしながら歩くそのモンスターは、ハンター達に危害を加えることはまずない。 ハンター達が飛竜と戦っていようと、採掘していようとお構いなしに彼らはただ好物である【特産キノコ】を探している。 しかし、彼らのキノコを横取りしたり、探すのを邪魔しようものならたちまち怒り出し突進をしかけてくる。 その突進に威力こそないが、当たっても平気というわけでもなく、彼らを嫌うハンターも少なくない。 だが、こちらが手を出しさえしなければ突進されることもない。 リシェスは彼らの姿みて胸を撫で下ろす。 モスは彼女の育った村の付近でも頻繁に見かけることのできるモンスターで、彼女自身も小さい頃からモスを見ている。 ジャングルという知らない場所で、何か一つでも自分の知る物があれば少しは安心できるというものだ。 物音も知らない場所に来て少し敏感になっていただけだと、自分に言い聞かせ一歩を踏み出す。 『っ!?』 突如目の前の草が巻き上がる。 いや、草ではない“黒い何か”が飛び上がったのだ。 『な、なに…?』 咄嗟に背負った大剣を構える。 しかし飛び上がった“黒い何か”は飛びついてくることもなく、地面に落ちた。 だが、草木の擦れる音が無くなったわけではない、寧ろ数が増えている気さえする。 “黒い何か”が落ちた場所を目を凝らして見るが何もいない、膝下くらいの草が風で揺れて━━━いや、風は吹いていない。 息を呑み、揺れている草をじっと見つめる。 揺れているわけではない、何かが草を掻き分けながら歩み寄ってきているのだ。 じっと見据えれば分かる、見落としていまいそうな何かが近寄ってくるのが。 『虫……?』 やがて草の隙間から“黒い何か”が顔を出した。 ゆっくりと草を掻き分けながら頭を覗かせる。 茶と黒が混ざったような体色で、落ち葉や草木に完全に同化しているように思えた。 どおりで動いていてもすぐに見つけれなかったわけだとリシェスは思った。 頭に大小の角を生やし、ゆっくりと近づいてくる。 後ろを振り返って見ると同じような昆虫が何匹か近づいてくるのが見える。 リシェスはそっと大剣を肩に戻し、そっと虫の脇と通り過ぎようとしたその瞬間、目の前の虫が飛び上がった。 『え?痛っ!?』 一瞬何が起こったのか分からずに飛び上がった草木を避けようと腕をかざした。 次に腕に熱いものが伝うのが分かる。 恐る恐る自分の腕に視線を向けると、赤い筋が浮かんでいる。 クックアームの裏側、翼膜で編まれた部分を切り裂かれていた。 瞬間、後ろの虫達もリシェスに飛びかかろうと跳ねる。 背中に寒いモノを感じながらリシェスは走りだす。 虫達もまた、逃すまいとゆっくりゆっくりと歩みを始める。 幸い、虫達の歩みはさほど速くはなく、普通に走っているだけで十分に逃げ切れそうだった。 『ルー……ルー…!』 腕の傷は深くはなかったが、それでも痛みはあった。 疼くような痛みが腕にはしる。 一刻も早く仲間と合流しようと、彼女はただ薄暗い森を駆けていく。 洞窟の中は天井に隙間でもあるのか何も見えない、という事はなかった。 それでも暗いことには変わりなく、足場もはっきり見えない。 水が流れているので、足を滑らさないようにゆっくりと進む。 この先を抜ければリオレイアの巣があるという《エリア6》だ。 嵌るくらいの水深があるとは思えなかったが、それでも恐ろしいものを感じる。 『……?』 ふと、何かの擦れるような音が聞こえて足を止める。 こんな洞窟の中でこの様な音が聞こえるということは━━━何かがいるのだ。 モンスターか、獣かどちらにせよ、何かがいるのは間違いない。 流れがあるのか、水の音が邪魔をして正確な音を聞き取れない。 薄暗がりの中、目を凝らして見ると水の中を何かが歩いている。 『何だ…?』 やがて、その生物もこちらに気がついた、あるいは気がついていたのかゆっくりとその歩みをこちらに向けている。 『っ!?こいつ…カンタロス!』 その歩み見ているとある事に気がついた、数が一匹ではない。 1,2,3,4……5匹だろうか、その全てがこちらに向かってきている。 【カンタロス】 ランゴスタと同じく虫系のモンスターで、宙を舞うランゴスタとは違い地上を歩く。 しかし、甲殻の中に羽を持っているので飛べないというわけではないが、ランゴスタの様に常時飛行する事はできないようだ。 大きな角を持ち、その角は鋭利な刃物よ様な切れ味を持っている。 ランゴスタとは違い、神経毒のようなものは持っていないが、集団で囲まれると手痛い仕打ちをうける。 またその死体は衝撃と共に飛散するため、剥ぎ取りができず実入りも少ない為、ハンター達からは嫌われている。 『こんな暗がりで……』 ルインは舌打ちをし、一気に駆け出した。 一匹一匹が弱い虫だとしても、その数が増えれば侮れないものとなる。 足場の心配があったが、それでも暗がりでカンタロスに囲まれるよりはましだろう。 後ろから聞こえる羽音を無視し、ルインは滑りそうになる足を必死に動かす。 狭い通路を走っているので時折飛び出した岩に頭をぶつけそうになりながらも出口を目指して走る。 やがて通路を抜けると眩い光が目に飛び込んでくる。 さっきまで━━━洞窟に入るまでの鬱蒼とした森とは随分と違った印象を受ける。 それもそのはず、洞窟にいる間に高台に上ったのか先ほどまで居た森が下の方に見える。 後ろを振り返って耳を澄ましてみても、もう羽音は聞こえない。 カンタロス達も洞窟の外までは追ってこないようだ。 元々カンタロスは暗所を好むとされているのでそれも当然かもしれない。 『さて……』 目の前は開けた広場みたいな場所だった。 小さな洞窟への入り口を囲う岩場があるくらいで目立った障害物はない。 所々に散らかった動物の物らしき骨が、この場所がフェルディナンドの言っていった“雌火竜の巣”であると理解させてくれる。 ふと広場に居た者達がこちらを見ていることに気がついた。 赤いトサカに金色の瞳、その目がこちらを不思議そうに見つめている。 数にして4匹、計八つの目がこちらの挙動を見逃すまいとじっと見ていた。 イーオスと呼ばれる鳥竜種のモンスターで、同種のモンスターの中では一番手ごわいとされている。 毒を吐き、またその体力も同種の者達と比べても飛び抜けている。 ルインとイーオスの群れ、両者の間に沈黙が流れる。 面食らったわけではないが、判断するタイミングを逃してしまった。 カンタロスに追われ、やっとの事で洞窟を抜けた安心感がそうさせたのかもしれない。 イーオスの群れにしても同じようで、こちらを見つめたまま動かない。 しかし、それも一瞬。 こちらに向き直った一頭が大きく鳴くと、他のイーオス達も一斉に応える。 ルインは舌打ちしながら、近くの一頭━━━最初に鳴いたイーオスに飛び掛かった。 川にかかる一本の丸太の上を滑らないように慎重に歩く。 足を踏み外せばそこは濁った濁流の中、落ちればどうなるか分かったものではない。 『バランスには自信があるのよね』 手を水平に伸ばし一歩一歩を慎重に踏み出す。 丸太の上を半分くらい進んだところで胸を撫で下ろす。 先ほど自分を追いかけて来た“黒い何か”はもう追ってはこないようだった。 恐らくその者達のテリトリーから抜け出したためだろう。 『さっきの何だったのかしら?後でルーに聞いてみようっと』 言って勢いよく丸太から飛び降り━━━そして転ぶ。 どうやら地面が川からの飛沫でぬかるんでいたようだ。 幸い怪我は無かったが、この場に友人がいたらと苦笑する。 『イタタ…、エレノアが居たらまた怒られちゃう……』 彼女と友人は共に育った言わば幼馴染のようなもので、名をエレノアと言う。 エレノアは彼女よりも年下だが性格的にしっかりとしており、よくドジを踏む自分を嗜めてくれている。 恐らくは本気で怒っているのだろうが、リシェスにはどうも彼女を憎めなかった。 『待っててね、エレノア…すぐに戻るから……』 恐らく友人は今もベッドの上で自分達の帰りを待っているだろう。 こんな場所で転んでいる場合ではないのだ。 リシェスは自分の頬を叩き、立ち上がる。 尻餅をついたせいで自慢のクックシリーズの防具に泥で汚れたが、そんな事を気にしている場合でもない。 これからガノトトスと呼ばれる見たこともない飛竜と戦わねばならないのだ。 こんな汚れなど“その時”なれば嫌というほど付く。 運が悪ければ汚れ等では済まないかもしれない。 ふと、どこからかブタの鳴き声が聞こえる。 と、同時に地面を引っかくような音。 鳴き声が大きくなったかと思うと土煙を上げ、前方から迫ってくる者がいた。 毛皮に覆われた大きな体を揺らし、直線的に凄まじい勢いで走ってくる。 その正体をリシェスは知っていた。 この狩りの前に行なった狩りで、ルインとフェルディナンドが倒していたモンスターだ。 『ブルファンゴ!!』 アギトと柄に手をかけながら横に転がる。 速さはかなりのモノだが、落ち着いて横に避ければ大したことはない、ルインがそう言っていたのを思い出す。 瞬間背後でも鳴き声が上がる。 『!?』 咄嗟にアギトを手に取り自分の前に構える。 吹き飛ばされそうな衝撃が襲ってきたのは構えた次の瞬間だった。 衝撃が手を伝わり、アギトを取り落としそうになる。 もう少し構えるのが遅ければまともに突進を食らっていただろう。 さらに背後にブルファンゴの鳴き声を聞き、リシェスは苦笑いを浮かべた。 広い平野に煩雑に生えた草木。 ジャングルのように背の高い木々は無かったが、膝丈くらいの草木は十分に鬱陶しかった。 突如響く金属音、薄い金属を擦り合わせたかの様な音が響く。 『何をしてるんだ、フェル……!!』 『意外と早かったね、ルイン』 『坊や……』 振り下ろされた鉤剣をルインの小剣が受け止める。 『あの辺りにはイーオス達もいると思ったのに……』 フェルディナンドは全く悪びれた様子もなく、自分を睨むルインを見返す。 『……知っていて行かせたのか!?』 剣に力を込めてくるフェルディナンドに半ば叫ぶようにルインが吼える。 『あぁ、知っていたよ。“リオレイアがいない”事もね。 仕事の前にその位は調べておくのは常識だよ?』 剣にさらに力を込めながらフェルディナンドが笑う。 『ハンターを殺して金を貰うのが君の仕事かッ!?』 フェルディナンドの鉤剣━━━サイクロンをはじき返しルインが叫ぶ。 同時にドナが立ち上がりルインの後ろに隠れた。 その様子を見て、フェルディナンドは呆気にとられたのか動きを止めた。 そして、一拍の呼吸のあと笑い出す。 『ふっははは!人を殺して金を貰うのが僕の仕事?』 ハンターの中には一緒に狩りにでかけた仲間の武器や防具、または道具を奪うために殺人を犯す者もいるという。 狩り場では限られた人数しか居ない上、危険な場所であるために命を落とすことも珍しいことではない。 そういった環境に目をつけ、悪事を働く者が少なからずいるというのだ。 『中々面白い意見だけど、ハズレだよ。……半分は正解だけどね』 そう言った瞬間、フェルディナンドに瞳に冷たい光が宿る。 いつも飄々としている彼がどことなく恐ろしく見えた。 『半分は正解……?』 彼の言った言葉の意味が理解できずにルインが聞き返す。 半分は正解━━━どういう意味だろうか? 思慮を巡らせてみても彼の言葉の意図するところが全くわからない。 人は殺すが、金は貰わないということだろうか。 それもと殺すつもりはないが、金目の物はもらうということだろうか。 どちらにしても、先ほど受け止めた剣には“確実なる殺意”が宿っていたように感じた。 ならば、彼はドナを殺すつもりだったのだろうか。 『確かに僕はハンターを殺すよ』 フェルディナンドが、淡々とした口調で口を開く。 いつも笑っていた彼の声とはまったく別人のように感じる。 『でもそれは金なんかの為じゃない、もっと大事なモノのためさ』 後ろでドナが舌打ちするのが聞こえたが、気にしてはいられなかった。 少しでも気を抜けば彼の剣が襲ってくる、そんな気がしていた。 現に彼はサイクロンを納めるどころか、逆に力を込めている。 隙を見せれば彼は話すことを止め、即座に襲ってくるだろう。 しかしそれも容易なことではない、常に気を張り巡らせているのも極度に精神を疲労させる。 もっとも、それが彼の狙いなのかも知れないが。 『…んだ?』 『何だい、ルイン?』 『人の生命より大事な“モノ”って何だ!?』 緊張のせいか、声が掠れている気がする。 いや、気のせいではないのだろう、フェルディナンドが聞きなおしてきた事がそれを証明する。 『ふふ、ルイン。君は若いね、“そんなモノ”より大事なモノは沢山あるんだよ』 若さで言えばフェルディナンドの方がルインより年下だ。 そんか彼に若造扱いされるのは納得できなかったが、彼が言っているのは年齢の事ではない。 年齢に対する経験、それをとって“若い”と言っているのだろう。 『そんな“モノ”…!!』 『それがさ、あるんだよ。少なくとも君の後ろの彼女は“それ”を知っているみたいだけど?ねぇ、ドナ?』 ルインの言葉を遮り、フェルディナンドが言う。 『……?』 『私は……』 横目で彼女を見るが、困惑しているようだった。 分からないといった顔ではない、答えようかどうか迷っている顔だ。 それくらいはルインでも理解できた。 『答えるつもりがないならいいさ。でも僕は君を殺すよ…… 邪魔をするならルイン……君もね』 そう言うとフェルディナンドは半歩右足を引き、サイクロンを体の前で構える。 『フェルッ…!!』 ハンターが人に竜殺しの武器を向けるのは犯罪だ、それはギルドの取り決めでもある。 そんな事を知らないフェルディナンドではないだろう。 ここで、ドナを人身御供に差し出したとしても、殺す瞬間を見ているルインを彼が逃がすとは思えない。 かと言って戦えば、人に竜殺しの武器を向けたとしてギルドの粛清を受ける可能性もある。 『あぁ、安心していいよ。僕はギルドナイトなんだ。そして彼女━━━ドナは“粛清されるべき犯罪者”。 彼女を守っても何もいいことはないし、寧ろそれはギルドを敵に回すことになるからね、よく考えるといいよ』 フェルディナンドの言葉に息を呑む。 もし彼の言葉が本当ならば、こうして彼の行動を妨げていることはギルドへの反逆に他ならない。 こんな自分と変わらない年齢の少年がギルドナイトということも信用し難かったが、 彼が臆することなく武器を構えているところをみると“それ”も嘘とは言いがたい。 もっともルインの騙すための嘘という可能性もあるが。 『まだ退かない気かい?なら話してあげるよ』 『……?』 構えの姿勢を崩さないままフェルディナンドがため息をつく。 そして大きく息を吸うと静かに唇をひらいた。 『彼女━━━ドナはね、密猟者なんだよ。そして今回もリオレイアの卵を盗むという計画を僕に持ちかけてきた。 「ルインが帰ってきたらリオレイアの巣を見に行こう」と、僕がギルドナイトとも知らずに……ね』 ドナが気まずそうに俯いているのが分かる。 『そういった密猟者達が好き勝手にすれば生態系を狂わすことになる、だから“僕達”がいるのさ』 飛竜の卵は栄養価も高く、また美味であることから王族や、貴族の間では頻繁に食されているという。 しかし、一度の産卵期に生む一個体あたりの卵の個数は少なく、また確実に孵化するとも限らないため卵採取の依頼は少ない。 それでも貴族からの依頼は続き、ギルドも手を焼いているという。 それゆえに飛竜の卵は高値で取引されているのだ。 そこに目をつけた一部のハンターが“依頼ついで”に飛竜の巣から卵を盗み闇に横流ししているのだ。 「需要と供給」だと開き直る者もいるが、個体数を調査、管理しているギルドや王立古生物書士隊が面白いわけがない。 当然、密猟に関しては厳罰を科せられることとなった。 しかしその高額な報酬ゆえか、密猟に手を染めるハンターは多い。 中には子飼いのハンターを狩り場に忍ばせ卵を盗んでこさせる貴族もいるらしい。 『そういった“犯罪者達”は駆逐せねばならない、じゃないと君達ハンターも狩りができなくなるだろ?』 フェルディナンドの言葉は正しい。 貴族の欲のまま卵や飛竜が乱獲されればいずれは絶滅という結果も有り得る。 それは誰であっても容易に想像できる事だ。 如何に強大な力を持つ飛竜であっても、新たなる生命が生まれてこなければ“後が続かない”。 また孵化しても天敵がいないわけでもなく、親である飛竜をハンターに狩られてしまえばその生命も終わる。 そういった事態を防ぐためにギルドがあり、またクエストがあるのだ。 『だから彼女を殺すのか…?』 『そう、言っても聞かない連中だからね。こうするしかないだろう?』 ルインが視線を下げ、唸るように問う。 フェルディナンドもまた声を低くし、答える。 『話合えばきっと……』 『君らしいね、でもそれは“もう終わったんだよ”。僕達が生まれてくる何年も前にね。 それでも密猟者は減らない。寧ろ増えてるんじゃないかな? 彼らは「誰も見てなければいい、自分ひとりがやったところで」って言うんだよ。 誰も見ていないことはない……“いつも自分自身が見ている”のにね』 ルインの言葉を遮りフェルディナンドが言う。 彼の言葉通り、この問答は幾度と無く繰り返されてきただろう。 「話し合えばきっと」「ちゃんと理解すればきっと」と。 ギルドの人間達も大昔にはそう思っただろう。 しかし、“そう”はならなかった。 そうならないばかりか、味を占めたハンターは繰り返し密猟を行なった。 故に彼らは“こうする”しかなかったのだ。 罪を犯すハンターを狩るハンターを創り上げるしか。 『でも彼女が“そう”とは限らないだろ!!』 気が付けば叫んでいた、自分では何故かは分からなかったが無性に腹が立っていた。 確かに彼女が繰り返し密猟をしないという確証はない。 だが、同じように密猟をするという確証もないのだ。 そんな考えが浮かんでは消え、ルインの頭の中を駆け巡る。 『ふっ……はは、はははははは!』 何がおかしいのかは分からなかったが、予想に反してフェルディナンドが笑う。 自分が青臭い事を言っているのは分かっている。 だがそんなに大笑いをされるようなことでも無いはずだ。 『ルイン、君は僕がいつからドナとパーティーを組んでると思っているんだ?』 肩を震わせながら笑うフェルディナンド、その表情とは裏腹に目は笑っていない。 『「彼女がそうとは限らない」?確かにそうだね。 でもね、ルイン。僕達は“ずっと”見てきたんだよ、彼女とパーティーを組んで。 いや……彼女とパーティーを組む前からも、ね』 いかにギルドが制裁を加える機関だといっても調査をしないわけではない。 それは当然だ、無調査で制裁を与えていればそれは【無法者の組織】と変わらない。 然るべき調査をし、その者の近辺にギルドナイトを派遣して判断を下す。 つまり、制裁を加えるのか否かを。 『でも……っ!?』 フェルディナンドが一歩踏み出す。 その表情にさっきまでの笑みはない。 『話すべき時間は過ぎた。ルイン……そこをどけ』 恐ろしい目だった。 青く透き通った綺麗な瞳に冷たく黒い光が灯っている。 人がこんな目をするとは思いもしなかった。 モンスターを狩るハンターですらこんな目を持ち得ない。 その眼に今まで見てきたどんなものより恐怖感を感じる。 それほどまでにフェルディナンドの瞳は恐ろしい目をしていた。 『それでも……それでも、俺の目の前で“仲間”は殺させない……!』 肩の力を抜き、左手の盾を構え右手の剣をゆっくりと下ろす。 彼の双剣の“速さ”は知っている。 恐らく対人戦闘の経験のないルインでは一合すらまともに打ち合えないだろう。 『そっか、君もギルドの敵になるんだね……じゃああの娘、リシェスはどうなのかな?』 『ッ!?』 急な展開に驚いていたのか、今まで思いもしなかったがもう一人仲間がいるのだ。 その仲間恐らくもう少し、彼女に何もなければ数分でこのエリアに来るだろう。 いや、ルインとの距離を考えてこのエリアに“来ていない事のほうがおかしい”。 早くなる鼓動を抑えようと息を呑む。 『ふふ……まだ彼女はここには来ていないけど、ね。 彼女はどうするのかな?君の仲間につくかな?それとも……』 自分より先に到着したリシェスはすでにフェルディナンドに殺されたのかと頭を過ぎったが、 彼の口ぶりからしてそうではないらしい。 周囲を目だけで見回して見ても幸い彼女の死体らしきものは見つからない。 リシェスが身に着けていたのはクックメイル。 草が茂っているとはいえ、あれほど鮮やかなピンク色なら目立つはずだ。 もっとも、殺されて奥に見えている川に投げ捨てられている、という可能性もなくはなかったが。 『3人で協力して僕を殺すかい?それは名案とは言えないね。 ここを逃げ切れるだけさ、すぐに別のナイトから追われることになるよ。 3人で一生隠れながら過ごすかい?いつまで生きれるか分からない一生をねッ!!』 『!?』 言うが早いか、フェルディナンドが飛び出してくる。 そのスピードは恐ろしく速く思えた。 左側から水平に凪ぐフェルディナンドの右剣をアサシンカリンガで受け止め、下方から突き出される 左剣を盾で外側に弾く。 お互いの力は同程度なのか、弾かれた剣を落とすこともなく止まる。 『今ならまだ君の行動に目を瞑ろう。そこをどけ、ルインッ!』 奥歯をかみ締めながら一歩を踏み出す。 フェルディンドは舌打ちをし、両方の剣にさらに力を込めた。 『な、何してるの!?ルー!!』 フェルディナンドの後ろ、その向こうにピンク色の鎧を身に着けた娘が驚愕の表情を浮かべ立ち尽くしている。 状況を理解できないのだろう、その瞳には困惑の色が濃く浮かんでいる。 それはルインも同じだった。 自身も完全に状況を把握しているとは言い難い。 突然剣と盾に掛かっていた力がなくなり、ルインは前のめりに倒れそうになる。 『なっ!?』 あろうことかフェルディナンドが身を翻し、リシェスに向かって駆け出したのだ。 『フェルディナンドッ!!』 彼女はまだ状況を把握していない。 フェルディナンドがギルドナイトで、ドナが密猟者だということすらも知らない。 そんな彼女を殺そうというのか。 足が千切れそうなほど、力を込めてフェルディナンドを追いかける。 『!?』 彼に、フェルディナンドに後少しで手が届くというところで“彼の姿が消えた”。 正確には彼は身を屈めたのだ。 猛スピードで走っていたルインにとっては突然彼が消えたように見えたのだろう。 ルインが驚いた瞬間、その一瞬の隙にフェルディナンドは再度身を翻し、ドナへと駆け出す。 ルインは理解した。 フェルディナンドがリシェスに向かって走り出したのは彼に対する罠だったのだと。 ルインならば何も知らないリシェスを守ろうと“必ず追いかけてくる”と考えたのだ。 そして実際彼はフェルディナンドを追った。 そこで彼は知らず知らずのうちに選択させられた━━━いや、選択したのだ。 「ドナの命より、リシェスの命」という選択を。 もし仮に、リシェスには手を出さないだろうと、フェルディナントを追わなかったとしても “彼がリシェスを殺さない”理由はないのだ。 ルインが自分の敵だと言うならば、きっとリシェスも自分の敵に回るだろう。 フェルディナンドは“そう”判断したはずだ。 ならば敵は一人でも少ない方がいい。 例え何も知らない、娘であったとしても。 すでにフェルディナンドはドナの目の前にまで迫っている。 如何にルインが俊足とはいえ、スピードを失ったこの状態で追いつけるわけが無い。 ドナも驚いているのか、あるいは恐怖にひきつっているのか、抵抗する様子は見られない。 目を見開き、迫りくるフェルディナンドの剣を、姿を見つめている。 『フェルっ!!』 フェルディナンドが剣を振り上げる。 もう駄目だと思った瞬間、ルインはわけも分からずフェルディナンドの名を呼んだ。 呼んだところでどうなるわけでもないのだが、それでも何故かフェルディナンドの名を叫んだ。 瞬間、巨大な水柱が大河に上がり、打ち上げられた水が雨の様に降り注ぐ。 全員の動きが止まり、水柱に視線を向ける。 『なっ…!?ガノトトス!?』 フェルディナンドが動揺の叫びを上げた。 水面に立ち上がった姿、太陽光を浴びその美しい鱗が虹色に反射する。 器用に水面に立ち上がりその巨躯で見下ろす。 間違いなく水竜ガノトトスであった。 『!?……リシェスっ!!』 『みんな伏せろっ!!』 フェルディナンドが叫んだ瞬間、ガノトトスが首を振る。 そして一拍遅れて凄まじい勢いの“水の鞭”が打ち付けられる。 ガノトトスを中心として扇状に吐き出された水は地面を抉り、草木をなぎ倒す。 フェルディナントはいつの間にか背中にサイクロンを戻し、川辺から距離を取っている。 ルインも咄嗟に押し倒したリシェスを立ち上がらせ、同じく川辺から離れる。 動機が激しくなり、胸を締め付ける。 ガノトトスの吐き出す水は超圧縮され、いわば刀のような切れ味を持つ。 人の身体など簡単に切り裂けるほどの威力があるのだ。 運が悪ければさっきの一瞬でここに居た全員が真っ二つにされていた可能性もある。 ガノトトスが飛び上がった位置がもう少し近ければ“そうなって”いただろう。 水中に戻ったガノトトスは背ビレだけを出し、大河を泳いでいる。 つまり戦闘は続いているのだ。 そんな状況にルインは舌打ちする。 フェルディナンドだけでも2人を守れないのに、そこに水竜が現れたのなれば自身の身も危うい。 このままでは殺されてしまうだけのように思えた。 ただ、自分を殺す相手がフェルディナンドかガノトトスかの違いだけだった。 『フェル……』 『なんだい、ドナ?』 震えた声でドナがフェルディナンドの名を呼ぶ。 彼も水竜の登場に肝を抜かれたのか引きつった笑顔で答える。 さすがに彼もこのタイミングでガノトトスが現れるとは想定していなかったのだろう。 彼の中ではガノトトスが現れる前にこの件に決着をつけるつもりだったに違いない。 『……ガノトトスを狩ろう』 『……何だって?』 ドナの提案が信じられないのか、フェルディナンドが聞き返す。 『君は自分の置かれてる状況が分かっているのかい?僕は君を殺そうとしているんだよ?』 『……』 フェルディナンドがいつのも軽薄そうな笑みを浮かべて言う。 確かにこの状況でガノトトスを狩るという提案は意味がないように思える。 このクエストが終了する前に彼女はフェルディナンドに殺されてしまうだろう。 ガノトトスを狩ったところで、水竜の素材を彼女が手にする事はない。 ルインとリシェスにしろ、無事に見逃してくれるとは到底思えなかった。 だからこそ、そんな提案に意味はないとフェルディナンドは思った。 『ふふ、ガノトトスに僕が殺されるんじゃないかと期待してるのかい?それなら━━━』 『フェルッ!!』 ドナが叫ぶ、その声にフェルディナンドばかりかルイン達も驚く。 それほど大きな声だった。 『いいかい?よく聞きな。私はもう逃げも隠れもしない、このクエストが終われば好きにすればいい。 ……でも坊やと小娘は見逃してやるんだ。だってこの件には何の関係もないだろう? だからこのクエストをちゃんと成功させてやっておくれよ、頼むよ…』 『で、でもっ!』 『小娘は黙ってな。フェル、あんただって関係ない奴を殺したりはしたくないだろう?』 彼女の薄氷色の瞳が真っ直ぐにフェルディナンドを見つめる。 静かな、しかし重たい空気がゆっくりと流れる。 その間にもガノトトスが水飛沫をあげながら泳ぐ音が聞こえてくる。 ガノトトスのような巨体を持つ者が泳げる場所などそうそうない。 場所でいうならこのエリアと、リシェスが通ってきた隣のエリアくらいだろう。 水飛沫がやんだと思うと、水柱が上がり再びガノトトスが姿を現す。 そして身体を震わすと水は吐き出した。 先ほどとは違い、真っ直ぐ、直線状に。 『…わかったよ、ドナ。まずはガノトトスを倒そう』 真っ直ぐに飛んでくる水の後から波にも似た衝撃が追いかけてくる。 いったいどれほどの水が圧縮され、どんなスピードで吐き出されているのだろうか。 一直線に迫ってくる水は左右に飛んでかわす。 『クエスト中に逃げようと思っても無駄だからね』 そう言いながらフェルディナンドは川辺へと走っていく。 ポーチから何かを取り出しながらフェルディナンドが叫ぶ。 『音爆弾を投げるよ!!』 ポーチから取り出した“それ”を川に向かって投げる。 音爆弾はゆっくりと放物線を描きガノトトスへと落ちていく。 爆発する前に水中に落ちたらどうなるのだろう?と疑問が浮かんだが、それは無用の心配だった。 水面に落ちるその瞬間、音爆弾が破裂した。 聞いたこともない様な高音が響き渡り、ガノトトスが飛び上がる。 その比喩ではない、水竜が文字通りに飛び上がったのだ。 ガノトトスは予想より遥かに巨大だった。 飛び上がった水竜が重力に引かれ、川へと落下すると水面が激しく揺れた。 あの重量の物体が水中に入ればそれも当然だろう。 川の水が溢れ、近くにいたフェルディナンドの足を濡らす。 『ガノトトスの一撃は重いよ!食らったらまず立てないから気をつけ…ッ!?』 彼が叫ぶや否や、水中から巨大な影が飛び出した。 その光景をにわかには信じられず、言葉を失う。 まさかあの巨体で“空を飛ぶ”など。 実際には空を飛んだわけではなく、水中から陸へと飛び上がっただけなのだろうが。 ガノトトスの身体から飛び散る水飛沫に日の光が反射して虹色に光る。 『あ……』 立ち上がったガノトトスの姿を見て、リシェスが言葉を失う。 それほどに水竜は巨大だった。 彼女の大剣を以ってしてもガノトトスの腹に届くかどうかは怪しかった。 それはドナのランスでも同じだろう。 水竜の背丈はゆうに人の3倍はあろう、天高く立ち上がった背ビレを合わせれば10mを超えるかもしれない。 そんな生物を眼前にして怖気づかない人間の方が異質なのだ。 口元から霧状の息を吐き出しながら、目だけで辺りを見渡す。 といってもガノトトスの視力がどれくらいなのかは分からないが。 水中を高速で泳ぐ以上、視力が優れているというわけではないだろう。 それでも、リシェス達を確認すると鰭を大きく広げ威嚇する。 『ルイン!まずはガノトトスと僕達で転ばすんだ、じゃないとドナ達の攻撃が届かない!!』 『分かった!』 フェルディナンドが剣を抜きながら駆けて来る。 ルインは大きく息を吸い込み、呼吸を止める。 ガノトトスは巨大だ、巨大ゆえに接近さえすれば何とかなる、と自分に言い聞かせ一歩を踏み出す。 『ドナ、タイミングは任せるよ』 『……』 彼女は無言で頷くと背にしたランスを抜き、構える。 ルインとフェルディナンドでガノトトスの足を攻撃し、転倒させる。 さらにその瞬間にドナがランスによる突進でガノトトスの急所である腹部を突こうというのが彼の作戦らしい。 彼らが近づくとガノトトスは大きく身を捻り、尾鰭を振る。 それだけで、風が起こり彼達の頬の撫でた。 『ちっ…!』 近づけばいいとは言ったものの、簡単には近づかせてくれない。 その尾鰭に当たるだけで致命傷を受ける可能性もあるのだ。 尾鰭の回転自体に速さはない、だがしなやかに撓る鞭のようなその尾鰭に当たって無事なわけがない。 フェルディナンドも近づこうとしているが、同じように尾鰭に阻まれ近づけないようだった。 悪戯に時間だけが過ぎていく。 ガノトトスの腹下に潜り込もうと周囲を回るが、尾鰭に阻まれる。 『ルイン!何とか……ッ!?』 『分かってる!!』 とは言ったもののどうすることもできなかった。 ガノトトスはその巨体に似合わず俊敏な動きを見せる。 振り回される尾鰭には、文字通り一撃必殺の威力を持っているだろう。 当たれば人など簡単に吹き飛ばされる。 しかし、何とかしなければ。 ガノトトスの尻尾を掻い潜れる機動力を持っているのは片手剣のルインと双剣のフェルディナンドだ。 大剣のリシェス、ランスのドナでは接近は難しい。 納刀状態のリシェスならば彼達と同じように近づくことは可能かもしれないが、その後が続かないだろう。 万に一つ近づき、攻撃をする事ができたとしても、大剣を持った状態ではガノトトスの攻撃を回避できない。 必殺の威力を持つ飛竜に張り付き続ける事ほど危険な事はないのだから。 だからこそルインが、フェルディナンドが、何とかしなければならなかった。 分かっている。 それは分かっていたが、どうすることもできなかった。 あの尻尾に当たり、吹き飛び、自分が命を落とす場面は簡単に予測できた。 だからこそ近づくことができなかった。 (くそッ…どうする……?) ガノトトスの最大の難点は“陸に揚げる”事だと思っていた。 陸に揚げさえすれば、他の飛竜のように何とかなると思っていた。 だが実際は、近づく事すらできない。 焦燥感に胸を焼かれ、息が苦しくなる。 走り続けている事もあるが、理由はそれだけではない。 ガノトトスを狩り終わった後、フェルディナンドはどうするのだろうか? 今考えても仕方の無いことだが、それでも考えずにはいられなかった。 ドナの命は奪うだろう。 だが、自分は?リシェスはどうするつもりだろうか? こういった場合、口を封じる為に見た者全てを殺す事は当たり前と思える。 ならば、ガノトトスを狩った後、フェルディナンドを“何とか”しなければならない。 『ルイン!何してるんだッ、集中しろ!!』 名を呼ばれ、我に返る。 目の前にガノトトスの尾鰭が迫ってきていた。 『ッ!?』 考えるよりも先に体が動く。 横に、ガノトトスから離れるように地面を転がる。 そのままの勢いで立ち上がり、口の中に鉄錆びの味が広がるのを感じた。 慌てていたのか、着地の瞬間に唇を切ったのかもしれない。 『ルーッ!!』 『ごめん、大丈夫だ!!』 口では強がってみせるが、余裕などなかった。 火竜リオレウスにだってもう少し簡単に近づく事ができた。 それは火竜について色々と調べていたからかもしれないが、それでももっと果敢に攻めれていたと思う。 ガノトトスがどんな攻撃方法を取るのか、そしてどんな行動をとるのか。 ちゃんと調べてから来るべきだったと後悔しても、もう遅い。 ここは狩り場で、水竜は目の前にいるのだから。 “それ”は自分の目で見、自分の目で判断しなければならない。 しかし、それは同時に“帰ってこれない”者達の狩り方だ。 知識もなく飛竜に挑むなど愚の骨頂でしかない。 街にや村には先人達がいくらでもいるのだ。 レフツェンブルグほどの街なら、水竜を狩った者とはいかなくても交戦経験のあるものくらいはいただろう。 それにギルドの道具屋では、モンスターの生態について書かれた本なども販売されている。 つまり倒すべき敵の情報などいくらでも手に入れることができるのだ。 そういった情報を持たず、“何とかなる”などと行って狩りにでれば、いつか必ず失敗する。 失敗するだけで済めばまだ良い方だろう。 中には情報を高い金で売る者もいるが、それでも自らの命で支払うよりはマシなはずだ。 飛竜は強大な敵だ、単純な力比べでは人など足元にも及ばない。 金で、たった少しの金でそんな敵を倒せる活路を見出せるなら、金など惜しむべきでない。 だが惜しむ者は少なくない。 事実、初心者の登竜門であるとされるイャンクックなどはそういった情報など無く倒す者がほとんどだ。 ドスランポス、イャンクック、中にはゲリョスまですら情報を持たず倒す者までいるらしい。 “何事も経験”、確かにそうだろう。 本の中の知識がそのまま当てはまる状況など少ない。 自分が経験したことが、この世界でもっとも頼りになるモノに違いは無い。 だが、それが通用するのは初心者、駆け出しといった頃だけだ。 少し名が売れて回ってくる依頼の中に砂竜ガレオスという飛竜がいる。 この竜は砂中に潜り、獲物を狩る事で知られている。 そしてこの種の竜は大きな音に弱い。 音爆弾と呼ばれる道具で砂中から引きずり出してから狩るのだ。 しかし、“そんな情報”がなければ、どうしていいのかも分からず砂中に引きずり込まれてしまうだろう。 ゲリョスにしてもそうだ。 毒を吐く事を知らなければ、解毒薬を用意などしない。 そしてそのまま帰ってこないのだ。 人に━━━特に情報屋などに情報を“売ってもらう”場合、確かに高額になることが多い。 そして、その値段の価値があるかどうかも怪しい。 かと言って、行き交う人々に聞いたところで正確な情報かも分からない。 そんな理由からか、情報収集を疎かにする者達が少なからずいるのだ。 今までの経験、自身の能力、咄嗟の判断力。 そういったモノで生き残ってきたハンターは確かにいる。 だが、そんなハンターなど相対的にみればごく僅かだ。 にもかかわらず、「自分にはできる。何とかなる」と言い狩りに出るものは後を絶たない。 “彼等”は狩り場に出て気が付くだろう。 自分の無知、自分の能力の無さ。 そして、今までの成功は偶然の上に積み重なってきたモノだと。 しかし今そんな事を言っていても始まらない。 (何とか…何とかしないと……!) 唇を噛み、ガノトトスを見る。 水竜はフェルディナンドを近づけまいと必死に尾鰭を振り回す。 振り回すといっても、身体ごと回転させている。 ガノトトスが身を捩る度に、水滴が飛び散り日の光を受け反射する。 尾鰭の下を潜れないかと思うが、恐怖がそれを躊躇わせる。 恐らく、人一人ぶんくらいの隙間はあるとは思えたが、“もし無かったら?”と想像してしまうのだ。 (だけどこのままじゃ……) このままガノトトスの周りを回っていても水竜を倒せるわけではない。 名の通りガノトトスが魚ならば、陸に留め続ければ弱って死ぬかもしれないが、ガノトトスは肺呼吸だと本には書かれていた。 肺呼吸ならば陸上でも生活できる。 つまりこのままでもガノトトスは戦い続けられるのだ。 『ルインッ!』 意を決し、ガノトトスに駆け出したルインをフェルディナンドが制止する。 折角覚悟を決めたと言うのに、台無しになってしまった。 こんな勇気を出したのは久しぶりだというのに。 『何を……ッ!?』 そんな事をしている場合でないのは分かっているのだが、フェルディナンドに文句を言おうと思った瞬間。 ガノトトスが足を止めた。 フェルディナンドが、ましてや後ろのリシェス達が何かしたわけではない。 エラなのかどうかは分からないが、顔の横にある鰭を動かし一点を見つめている。 ルインでもなく、フェルディナンドでもない。 ガノトトスが見ているのは━━━ 『……川!?ルインッ!!』 『分かっ…!?』 ルイン達が駆け出した瞬間、ガノトトスも同時に動く。 大きな巨体を揺らしながら川を目掛け一直線にガノトトスが走る。 それは凄まじい速さだった。 その巨体故、一歩の差が大きすぎるというのだろう。 如何に俊足を誇るルインであっても、瞬く間に引き離されていく。 ルインが離されるという事は、他の者にとってもそうであるという事。 フェルディナンドも速度を緩め、ドナとリシェスに至ってはその場から動こうともしていない。 川に飛び込むガノトトスを見つめながら、荒立った息を整える。 否、それしかできなかった。 走り出したガノトトス。 その疾走を妨げる事など誰にできようか。 少なくとも今、彼等にそれを可能にする術は無かった。 『ルイン……』 水中に戻ったガノトトスをどうする事も出来ず、呼吸を整えているとフェルディナンドが声をかけてくる。 返事はせずに、視線だけ返す。 さっきまでの出来事を無かったものにはできない。 それはフェルディナンドにも分かっているのか、それ以上は何も言ってはこなかった。 ガノトトスは大河を所狭しと泳ぎ回っている。 水上に背ビレを立て、泳ぎ回るその様はまるでここが自分の縄張りだと主張しているようにも思えた。 実際ガノトトスは水中に潜る事も無く、泳ぎ続けている。 それはつまり、水竜にしてもこの戦いが終わっていないつもりという事だった。 先ほどの戦い。 いや、それは戦いと呼べるものですらなかった。 水上に上がったガノトトスに、彼らは攻撃はおろか一度も接近する事すらできなかったのだから。 自分達の想像を上回る水竜の巨躯に怯え、近づく事さえままならない。 不用意に近づけば、その尾鰭の一撃をもってあの世行きだ。 目の前で巻き起こる死の旋風。 それを突破する事も、突破にいたる隙も彼らは見つける事ができなかった。 “それ”が出来ない限り、彼らはこの水竜を狩ることはできない。 フェルディナンドの持つ音爆弾を使えば、ガノトトスを再び地上に揚げる事はできるだろう。 しかし、その後が続かない。 彼らの前に敵がいたとしても、彼らにはその敵を攻撃することが出来ないのだから、それは結局倒せないということだ。 時間が経てば、いずれはギルドの指定した期日を過ぎてしまう。 そうなればクエストは失敗。 同時に彼らの命運も尽きることとなる。 そればかりか、このまま緊張を維持し続けることも難しい。 緊張を維持し続けるということは神経をすり減らし続けるという事。 常に気を張り巡らし、敵の動きを、一挙手一投足を見つめる。 そうでなければ、隙など見つけれるわけはないし、何よりもガノトトスの攻撃を避ける事ができない。 恐ろしいはまでの巨躯の一撃は確実な死を与えてくれるはずだ。 間違ってもあの尾鰭に当たってはいけない。 それは自らの本能が告げる警告であるのかもしれない。 当たれば、その先にあるのは死だ。 それは間違いない。 水竜の尾鰭は直撃しなくても、触れただけで人の命など簡単にもっていきそうな気がした。 あんなモノに勝とうと思うなら、それこそすぐ隣にある死を覚悟しなければならない。 まっとうな神経ではあの暴風の中に潜り込めない。 少し触れるだけで、こちらの命を簡単に奪っていきそうなモノだ。 普通の神経ならば、近づく事でさえ躊躇うだろう。 『で?どうする、ルイン?』 フェルディナンドが聞いてくる。 どうする?と問われたところで、具体的な作戦など思いつくわけもない。 しかし、自分がどうにかするしかないとは確かだった。 歩の遅いリシェスにあの暴風を潜ることは叶わない。 ドナをランスによる突進をもってしてもそれは不可能だろう。 たしかに彼女の突進は目を見張るものがある。 盾を構え、巨大なランスを前に突進をしかけるのだ。 飛竜に臆する事無く突進するドナの姿には驚かされる。 だが如何に盾が巨大だろうと、強固だろうと飛竜に近づくなど愚か者のする事だ。 近づいた次の瞬間には死んでいる、という事態も珍しくない。 飛竜は強大。 その力も体力も、全てにおいて人のそれを凌駕する。 唯一まさるとすれば知力━━━即ち知恵だ。 しかしその知恵ですら、戦う事を拒否するだろう。 対峙した時に身体は強張り、恐怖で自由を無くす。 動かずにいれば死ぬと分かっていても指一本すら動かない。 そもそも、最強の生物である飛竜種の前に脆弱な人が立ち塞がる事自体が間違いなのだ。 彼等は生物の頂点として自然界に君臨していると言っても過言ではない。 そんな者達に人間が勝てるわけが無い。 しかしそれはそう、人が竜人族の武器を手にするまでの話。 通常の武器では飛竜の硬い鱗や甲殻に阻まれ、ダメージを与えることは叶わない。 だが竜人族の鍛えた、特殊な製法で打たれた武器ならば話は違ってくる。 それがハンターが持つ武器なのだ。 飛竜の持つ強固な鱗を貫けるのなら、貫いて飛竜にダメージを与えられるのなら。 絶対に飛竜に勝てないという事もなくなる。 万に一つの勝利を手にする事もあるという事だ。 しかしとて、その勝率など僅かなモノ。 飛竜にダメージを与える為に何度も攻撃しないといけないのに対し、飛竜はその一撃を持って人を即死足らしめる。 こちら側が必死になって攻撃したところで飛竜に然したるダメージは与えられない。 だが飛竜の攻撃を一度でも受ければそこで勝敗は決まってしまう。 何たる不条理。 今までその不条理を呪って死んでいった者達は何人いるだろう。 本来戦うべきで無いモノと戦っているのだ、それを不条理と嘆くのは見当違いである。 (なら攻撃をさせる事なく、攻撃すればいいんだけど……) それも難しい。 落とし穴といった道具を用いればそれも可能だが、今回は落とし穴を持ってきてはいない。 仮に持ってきていたとしても、落とし穴の効果は僅か数分。 その数分でガノトトスを狩れるとは思えない。 落とし穴は本来狩りの補助である道具だ。 落とし穴を仕掛け、爆弾を仕掛ける。 そこへ獲物を落とし、爆弾を一気に爆破させ飛竜に大ダメージを与える。 いくら落とし穴に落としたところで人が攻撃するだけではダメージは微々たるものだ。 落とし穴と爆弾に寄る瞬間火力の実現こそがこれらの道具の本分なのだから。 後は━━━ (後は……死ぬしか、無い) 無論死ぬつもりは無い。 それは覚悟の話だ。 どうという事はない、“死んだつもり”で挑むのだ。 否、死んでいなければあの暴風になど入り込めない。 生を望めば望むほど、恐怖で身体は硬化し、瞬時に命を奪われるだろう。 また決死の覚悟で望んだとしても、水竜の命に届くかどうかは疑わしい。 だがそうしなければ勝ち目はない。 『で、どうするんだい?』 いつの間にやらドナとリシェスが近づいてきている。 その表情にも焦りの色が濃く浮かんでいるのが見て取れる。 『ルー…、大丈夫?』 リシェスが心配そうな顔をしたかと思うとこちらに手を伸ばしてきた。 『?』 『ルー、顔に血が付いてたから……』 伸びてきたリシェスの手は口元を優しく拭ってくれる。 先ほど転んでガノトトスを尻尾の避けた時に唇を切ったのだろう。 口の中に広がった鉄錆びの味を思い出す。 『いや、これはちょっと唇を切っただけっていうか!その、大丈夫だからっ!』 身体が熱くなるのを感じながら思わず飛び退く。 フェルディナンドや、ドナが見ているから余計に恥ずかしく感じたのだろう。 リシェスは不思議そうな顔して見つめてくる。 フェルディナンドはつまらないモノを見るように一瞥した後、ドナに向き直る。 『どうするっていっても、今の僕達の腕じゃ厳しいよね。 水竜に近づく事もできないし、攻撃なんてもってのほか。 どうだい?ここで潔く僕に殺されちゃうってのは?』 『ふざけるなっ!そんな事できるわけないだろ!!』 あっけらかんと言うフェルディナンドに怒りを隠す事無くぶつける。 分かりきっていた事だが、腹が立った。 何でそんな事を簡単に口にできるのかと。 しかし、ルインにとって非日常だとしても、彼にとっては日常なのだろう。 殺す者相手に一々感慨など抱いていられない。 殺す事を悩めば次第に心が壊されていく。 だからこそ彼は、“そんな事”を一々悩まないのだろう 『じゃあどうするのさ、君はあの水竜を倒せる? さっきだって一度も攻撃できなかっただろ? それでどうするのさ。このまま戦えばいづれはやられるよ? だったら僕の手に掛かる方が楽じゃないかな』 フェルディナンドが言うとおりこのまま戦えばいずれは倒される。 焦り。 怒り。 絶望し。 悔やみ。 そして心身共に疲弊し、膝を付く。 そうなった時がこの狩りの終わりの時だ。 近づけぬ苛立ちは焦りを生み。 怒りを覚え判断を誤らせる。 そういった感情は、時にとんでもないミスを犯させる。 やがてそのミスは絶望を生み、自分の愚かさを呪うだろう。 戦闘が長引けば長引くほど彼らの勝機は薄くなる。 実力が拮抗した者同士でも戦闘になれば神経をすり減らす。 しかし今の彼らは実力が拮抗した者同士ではない。 水竜と彼らの間には埋めがたい実力の差があるのだから。 故に彼らが水竜と向かい合っている時のダメージは“すり減らされている”どころの話ではない。 ガノトトスが一挙動する度に、目に見えない何かを削り取られていく。 そして削り取れなくなった時が死ぬ時だという事も分かっていた。 『フェル……あんた手を抜いてただろ』 ドナがフェルディナンドを睨みながら唸る。 先ほどの戦闘でフェルディナンドはルインと同じ様にガノトトスの周りを回っていた。 普通ならば同じ様に消耗していてもいいはずである。 ━━━そう、普通ならば。 ルインと同じ様に戦ってなお、彼には余裕があった。 それは彼と目指している場所が違うからだ。 ルインはガノトトスを倒し、フェルディナンドを止めるという目的がある。 それに対しフェルディナンドは彼らがガノトトスを倒そうが倒すまいがどちらでもいい。 ただ彼はドナを、その障害となるルインを消したいだけなのだから。 それ故に彼が本気になって水竜と戦うなど“あり得ない”。 彼にとって水竜と戦う事自体が馬鹿らしい筈だし、こうして戦っている振りをしている事が不思議である。 最初はガノトトスとの戦闘の最中にこちらの隙を見てドナを殺すのかと思ったのだが、そうでもないらしい。 彼の行動を見ていると攻撃しないというより、どちらかと言えば“攻撃しあぐねている”といった感じだ。 彼の思惑がさっぱりだった。 『手を抜いた……だって? そんなの当然じゃないか、ルインですら攻めれない水竜の攻撃の中に僕が入っていくとでも思ったのかい? 僕の目的を忘れたわけじゃないだろうね。 僕はドナ、君を殺す為にここにいるんだよ? なのに必死にガノトトスと戦うわけないじゃないか』 ぎりっ、と奥歯を噛み締める。 彼の言っている事は正論だ、彼が水竜と戦う理由などないのだから。 『━━━フェル、あんた……!』 『おっと、勘違いしないでくれよ。 確かに君の意見を尊重してガノトトスと戦っているけど、それはあくまで僕の気まぐれによるものだ。 僕がその気になれば、君達はここで全員死ぬんだよ?』 フェルディナンドは笑いながら━━━しかし冷めた目で見つめてくる。 その様子を見て、リシェスが静かに視線を落とした。 不安、なのだろう。 彼女の目的を考えればそれは当然だ。 彼女には救いたい仲間がいる。 その仲間がいるからこそ、リシェスは遠いこのレフツェンブルグまでやってきたのだ。 それが何を間違ったのか、水竜と戦い、挙句の果てギルドナイトに剣を向けられている。 ━━━笑い話にもならない。 いや、もし仮にこの場を』無事に切り抜けれたのなら武勇伝にでもなるのだろうが。 『━━━━━━━━━』 場に重たい空気が流れる。 フェルディナンドが殺気を放っている、というわけではない。 事実彼は“笑っていない”だけで、自分達を殺そうとしているわけではない。 『それで…どうするのさ?』 フェルディナンドがやれやれ、っといった感じで手を上げる。 『このまま戦っても、水竜に勝てないのはわかっただろう?』 『………』 彼の言うことはもっともだったが、それでも頷くわけにはいかなかった。 頷いてしまえば、それは負けを認めるということ。 この場で彼に殺されるのを良し、とするという事だ。 それだけはできない、とルインは胸にかけたペンダントを握る。 手甲の上からでも不思議と暖かい石を握り締めながら決意を固める。 彼女━━━リシェスだけでも村に帰さなければ。 この石を受け取った時に彼女を守ると約束した。 マンドラゴラはこの際どうなってもいい。 無事に彼女をフライダムの村に帰さなければ、あの時に交わした約束は嘘になってしまう。 理由はわからなかったが、それだけはどうしても嫌だった。 『フェル……もう一度音爆弾を使ってくれ』 静かに言う。 一瞬にして辺りの音が止んだような感覚に襲われる。 皆、驚いているのだろう。 『本気かい? さっきまでの戦いを見る限りじゃあ勝算はないよ。 それは君も分かっているだろう?』 奥歯を噛み締める。 鈍い痛みが走るのを感じて、歯が欠けたと知る。 『……ああ、それでもガノトトスは狩る』 低く、腹の底から搾り出すように唸る。 『ふふ。水竜を狩るだって? ついさっきまで近づく事もできなかった君が!? ふふ…ふはははは! ハンターなら相手との実力くらいは分かるだろう? まったく君って奴は笑わせてくれるね……!!』 睨むようにフェルディナンドを見つめる。 実際はようにではなく、睨んでいたのだろうが。 それに全く動じることも無くフェルディナンドは笑う。 横目で川を見ればガノトトスはまだ泳いでいる。 もう一度水竜を陸に揚げれば戦えるのか?と聞かれれば自信はない。 あの水竜を狩るための方法なんて何も思いつかなかった。 陸に揚げたところで、また悪戯に時間を消費するだけ、というのも分かっていた。 しかし、今は水竜と戦わなければこの目の前にいる男を敵にまわす事になる。 それはどうあっても避けたい。 ルインにとって水竜と戦う事より、同年代の少年と戦う事の方が難しいように思えた。 ギルドナイトであるフェルディナンドは対人戦のスペシャリストだろう。 それは“人を殺す覚悟”を背負っているということ。 何を以ってその道を進むプロかというのは、諸説あると思うが。 一番分かりやすいのは覚悟を持つ者の事だろう。 ハンターとてまた然り。 ハンターは対飛竜戦のスペシャリストではない。 当然、ハンター達の中にはほぼ常勝を誇る者達がいるのだが、それはまた違う。 ハンターとして成人するのはだいだい十五になるくらいだ。 そんな幼い者達が対飛竜戦の技能を有しているわけが無い。 それでも彼らを━━━例え駆け出しであってもハンターと呼ぶ。 それは彼らがハンターとしての覚悟を決めているからだろう 【飛竜を殺し、時には飛竜に殺される】 それはハンターとして生きていくには当然の心構えであり、無くてはならないものだ。 覚悟がなれければ、飛竜━━━いや、どんな生物であろうと殺せはしないだろう。 命を賭して戦う者は、命を奪う恐怖とも戦わなければならないのだから。 ━━━つまり、フェルディナンドはギルドナイトとして、対人戦のプロとしての覚悟を持っている。 だが、ルイン達にはそんな覚悟などない。 戦うだけならば、先ほどの様にある程度は戦える。 だが、いずれフェルディナンドの命を奪う瞬間がやってくる。 そうしなければ、次に殺されるのは彼らなのだから手を抜くことはできない。 だが、覚悟のないルインは一瞬躊躇するだろう。 その一瞬はフェルディナンドにとっても一瞬なのか、それとも度し難い隙になるのかは明白だ。 『確かにさっきの戦いで俺は……近づく事もできなかった。 ━━━正直、次だってどうなるかわからない……』 言いながら唇を噛む。 出来ない事をできる、などと言えるわけは無い。 足りない実力。 それは誰の目から見ても明らかだった。 水竜を打ち倒す武器が無い。 水竜の攻撃から身を守る鎧が無い。 そういった不足を補うのが、作戦であり、罠であるというのなら、そういったモノも無い。 だが、だからと言って簡単に諦めるわけにもいかない。 『でも次は攻撃してみせる』 『勝てる自信があるのかい?』 自信、そんなものなど無かった。 “何とかなるかもしれない”という気持ちは初めてガノトトスを見た時に消えてしまっている。 『…………』 『そんなモノ、あるわけ無いよね。 水竜ガノトトスは熟練ハンターですら手を焼く相手だ。 それに「勝てる自信があります」なんて言ったら顰蹙ものさ』 彼の言っている事は正しい。 水竜など自分達の様な駆け出しが狩っていい相手ではない。 そんな事は今更言われなくても分かっていた。 ルインは静かに拳を握り、力を込める。 そして彼の手が動く前にフェルディナンドの言葉に遮られた。 『でもその顔……知ってるよ。 それはハンターの顔だ、どんな時でも諦めないってやつかい? 駆け出しでもハンターとしての心構えはしっかりしてるって事か』 驚いた。 ルインだけでなく、リシェスやドナも同じ様に驚いている。 フェルディナンドがそんな事を言うなんて思いもしなかったからだろう。 大きく口を開け、呆けた表情で彼を見つめている。 『どうしたのさ、戦うんだろう? ならぼーっとしてないでさっさと準備しなよ』 そんな彼女達を気にかけていないのか、フェルディナンドはポーチに手を入れながら川へと向かって行く。 中に入った音爆弾を使うのだろう。 ゆっくりとした足取りで歩いていく彼を見つめながら、何かに違和感を感じた。 『………?』 『どうしたの、ルー?』 こちらの様子に気がついたのかリシェスが問いかけてくる。 それにあぁ、とだけ答え感じている違和感の原因を探す。 リシェスやドナがおかしいわけでもない。 自分のでもない、急激に疲れが出たわけでもないし、ランゴスタの神経毒のようなものを受けたわけでもない。 第一ランゴスタなどが飛び回っていれば嫌でも気がつく。 それにもし刺されたなら、違和感などで済む問題でもないはずだ。 となれば、後はフェルディナンドなのだが━━━ そこに行く前に何かを忘れている気がしてならない。 確かにフェルディナンドの様子が変わったような気もしたのだが、そんな事ではないはずだ。 もっと重要な、もっと大切な何かを見落としている気がする。 (何だ?いったい何を……?) フェルディナンドとの会話。 彼の行動、自分の行動。 思い返して見ても何も思いつかない。 (とても大事な事の気がする……) 考えている間にもフェルディナンドは川へと歩いて行く。 その一歩一歩が酷くゆっくりに感じられた。 もうすぐ彼は手に持った音爆弾を投げ、ガノトトスを陸へと揚げるだろう。 そうなれば、こうして考えている暇など無くなる。 あの脅威の暴風を抜け、水竜に攻撃をするには“死んでいなければならない”。 その為にも一切の思考を棄て、水竜に臨まなければならない。 だと言うのに、頭は思考を繰り返している。 お前は何かを忘れている、このままでは取り返しが付かなくなる。 と、でも言いたいのか“何か”を必死に訴えてきていた。 (…………) リシェスやドナに異常は無い。 彼女達は傍から見てもピンピンとしている。 先ほどの戦闘では参加していなかったのだ、当たり前だろう。 リシェスの鎧が泥で汚れているが、そんな事は些末事だ。 ドナにしても、顔色が優れないようだがこれといった異常はない。 「この戦いが終わったら殺す」という死刑宣告を受けているのだから、顔色を良くしろといってもそれは無理な相談だ。 ━━━それに、その件については今は考えたくなかった。 この戦いを無事に乗り切ったとしても、“それ”は避けられない事としてやってくる。 それは問題の先延ばしだと分かっているのだが、今は考えたくなかった。 やはり引っ掛かるのは彼、フェルディナンドだ。 彼の事を考えたときに一番胸騒ぎが大きくなる気がした。 彼はこのまま川辺へと歩いて行き、音爆弾を投げる。 ただそれだけだ、それだけのはずだ。 なのにこの不思議な違和感はなんなのだと、自分の胸に問いかける。 このまま川辺に歩いて━━━ナニニ、ムカッテ? 音爆弾を投げつける━━━ナニニ、ムカッテ、ナゲル? (……!?) 違和感の正体に気が付いた。 それと同時に川へと視線を向ける。 もう、間に合わない事は分かっている、それでも叫ばずにはいられなかった。 『フェルッ!!!』 こちらの声に気を取られたのか、フェルディナンドが振り返る。 その様子が何故かゆっくりに見えてどことなく可笑しかった。 瞬間、彼の背後で水柱が上がる。 ゆっくりと振り返る彼の後ろで、猛烈な勢いで川の濁った水が噴き上げられた。 中々振り返らないフェルディナンドと、凄まじい勢いで天を衝く水だが、それ自体に違和感は感じられなかった。 もう、一度フェルディナンドは振り返っていたのかもしれない。 吹き上げられた水は太陽の光を反射し、七色の輝きを放つ。 それは最初にガノトトスを見た瞬間の巻き返しの様にも思える。 違うのは、巨大な水柱から現れるのが水竜だと知っている事。 そして━━━次の瞬間にフェルディナンドが……という事。 走っても間に合わない。 ガノトトスが体内で圧縮した水をフェルディナンドに吐き出す方が速い。 (━━━それに……) それに、一瞬思ってしまった。 ここでもし、フェルディナンドが水竜に殺されてしまえば、“無事に帰れる”のではないのか、と。 この場面にいるギルドナイトはフェルディナンドだけだ。 つまり彼さえいなければ、自分達がギルドナイトに狙われることは無くなる。 彼女自身を目標として派遣されている為、ドナはどうやっても助ける事はできないだろう。 しかし、自分達だけならまだ助かるのでないかという、悪魔の囁きにもにた考えを聞いてしまった。 ━━━このままなら奴を殺せる。 ━━━奴はお前たちを殺そうとしているんだぞ。 ━━━そんな奴を助ける必要なんて無い。 そんな考えがいくつも浮かんできた。 しかし、それは決して悪魔の囁きなどではない。 ルインの、彼自身の本音といってもいい。 こんな所で、しかも他人の罪を処罰する為に巻き込まれる何て馬鹿げている。 誰もがそう思うだろう。 それはルインとて例外ではない。 両親の復讐という目的を果たしたとはいえ、彼にはまだやりたい事もある。 もっとハンターとして色々な敵と戦ってみたいとも思っていたし、リシェスと共に居たいとも思っている。 そうしていつかハンターとして彼の父親の様になりたいと願っていた。 それがこんな場所でどうして死ねようか。 誰もが思うだろう。 “こんな事など無かったことになればいいのに”と。 だが━━━ (俺はッ……) それでも身体は動いていた。 余計な事を考えてしまったせいで、一瞬遅れてしまったが彼目掛けて走り出していた。 川の上ではガノトトスが水を吐き出そうと予備動作に入っている。 フェルディナンドは咄嗟の事に動けないのか、立ち止まったままだ。 このままフェルディナンドのところまで走り、彼を突き飛ばせばいい。 最悪、自分が彼の代わりに水射を浴びる事になるが━━━ (仲間を見捨てるよりは全然良い……!) 今は自分達に刃を向けているといっても、彼は共に戦った仲間なのだ。 一度、たった一度しか戦った事は無かったが、それでもルインの中では仲間と呼ぶに値するものだったのだ。 高い水竜のモノと思われる鳴き声。 空を切る水の音。 轟音にも似た音が過ぎ去っていく。 目の前が━━━朱に染まっていた。 吹き上がる鮮血に目を奪われながら、崩れゆく身体を掴もうと“彼”が腕を伸ばす。 それでも身体は支えきれずに、血を吐き出しながら崩れていく。 『な……何をしてるんだよ…。僕は君を殺そうとして……』 フェルディナンドが呟くように言う。 戸惑っているのか、視線が泳いでいる。 『……仕方ないだろ、助けちまったモンは……さ』 苦しそうに息を吐くと、血が喉に詰まるのか咳をする。 咳をする度に血が霧となって彼の服を染めた。 『は…はは……馬鹿だな、そんな格好してるから、やられちゃうんだよ…』 『そうだねぇ……次に生まれたら考えてみるよ… でも、無理かも…しれないね』 苦しそうに咳をしながら笑う。 自分を殺すといっていた相手を助けた自分が可笑しいのか、それとも━━━ 『どうしてだよ…?ちゃんとした装備をしなっていつも言ったじゃないか……』 フェルディナンドの言葉に微かに怒気が篭る。 しかしそれは、怒りではなく軽装を許していた事への後悔かもしれない。 『……ふふ、この装備を止めたら…私が私じゃなくなる……からさ…』 堪えきれなくなったのかリシェスが膝を付いて嗚咽を上げている。 ルインはただ立ち尽くし、奥歯が砕けるほど噛み締めながらその様子を見ていることしか出来なかった。 『…ねぇフェル……今ならまだあんたに殺されてあげられるけど……?』 言うと大きく咳をすると“何か”を吐き出した。 それは、黒い塊━━━彼女の血だった。 『あ…あたりまえだ…!君は僕が殺すんだから、勝手に死ぬな!』 言ってフェルディナンドはサイクロンを抜き放ち、振り上げる。 ルインは動けなかった。 この期に及んで、まだ殺すだの何だの言っている彼を止めることができなかった。 しかし、それは━━━ 高い、金属の擦れあう様な音をさせた彼の剣は空中に止まったまま振り下ろされる事は無い。 止める必要などない、という事。 ルインが止めに入るまでもなくフェルディナンドが彼女を殺す事はないだろう。 理由は分からなかったが、彼がドナを今殺す、とはとても思えなかったのだ。 『…どうしたんだい……?早くしないと手柄を…持って行かれるだろ……』 フェルディナンドは件を振り上げたまま動こうとはしない。 そこに先ほどまでの殺気はなく、ただ呆然とした彼がいるだけだった。 『……めない。こんなの、僕は認めない…! だからドナッ!傷を治せ……!そうしたら…そうしたら僕が殺してやるッ!』 『…ふ…何言ってんだい……。どうせ殺すんだからいつでも一緒だろう…? …どうせ私は助かりはしないよ……さぁ…早く頼むよ……』 ドナが苦しそうに息を吐く。 彼女の言うとおり、この場を退いたところで一命を取り留めるのは不可能だ。 軽装、の名の通り彼女の装備はボーンシリーズ。 動物の骨や竜骨で作られた装備で、胸などの急所をを僅かに隠しているだけで、腹部などの急所はがら空きだ。 ━━━しかし、そんな事はどうでもいい。 例え強固な鎧であったとしても水竜の一撃は易々と切裂く。 どんな装備でも関係など無い。 水竜の吐き出す水射を受けた時点で運命はきまっているのだから。 『…………』 彼の、フェルディナンドが歯を噛み締める音が聞こえる。 悔しい、のだろうか。 肩の震えが、剣にまで届いている。 そう思った瞬間彼はサイクロンを離し、振り返る。 『……駄目だ、こんな事では死なせない…。ルイン、手伝ってくれよ…… ドナを…キャンプまで運ぶんだ……!』 彼女を起こそうとしたのか、フェルディナンドが手を回す。 しかし、それが傷に触れたのかドナが呻く。 『フェル……』 彼の名前を呼び、ルインは静かに首を振った。 ━━━恐らくこの状況を理解していない者はいない。 ルインもリシェスも、フェルディナンドも━━━そしてドナ本人も分かっているだろう。 もう、どんな事をしても彼女を助けることはできない。 それができるとしたら、それは“空の彼方にいるかもしれない神様”だけだ。 そんな奇跡など起きるわけがなかった。 『……ルイン、ドナを見捨てるのか……?!』 自分達を殺そうとしていた者が何を言うのかと思うが、彼は本気で怒っていた。 先ほどまでの消沈具合はどこにいったのか、フェルディナンドの瞳には本気で怒りが灯っている。 つまり、フェルディナンドは“本気で”彼女を救おうと思っているのだ。 それでも、ルインは頷けなかった。 いや、頷くことができなかったという方が正しいのかもしれない。 どんなに願っても、叶わない事がある。 それは“あの惨状”を見てきたルインには嫌というほど分かっている。 願うだけで望みが叶うのなら、この空の果てにいる神が叶えてくれるのなら、“彼”はここにいないのだから。 『ルイン!彼女を……ッ!?』 叫ぶフェルディナンドの腕をドナが掴む。 彼女の顔は土気色に変わり、瞼が独りでに閉じるのを懸命に耐えている。 『ドナ、もう少し我慢するんだ……そうすればきっと…!』 『フェル…もういいんだよ……』 彼女の言葉にフェルディナンドの顔から血の気が引いていく。 周りの人間がどんなに救いの手を差し伸べようと、本人にその気が無ければ助からない。 もっとも、彼女の傷はどんな人間がいようと救えないほどの傷だったのだが。 『もういい、ってどういう事だよ…ドナ……?』 『…………』 彼女は答えない。 呼吸を乱しながら、それでも息を整えようとしているのかゆっくりと息を吐く。 『━━━私はさ、分かってたんだよ……』 『傷の事か!?そんなのものッ……!』 フェルディナンドの言葉にゆっくりと首を振る。 『違う、その事じゃないよ……。 フェルがね、私に近付いて来た理由、さ』 フェルディナンドの動きが止まる、驚いているのだろうか。 『━━━どう、して…?』 『あんたみたいないい男がこんな年増に寄ってくるわけないだろ……? だからの、あんたが来たとき思ったのさ、「あぁ。とうとう“ツケ”を払う時がきた」んだったね……』 彼女の言うツケとは、フェルディナンドが派遣されてきた“理由”の事だろう。 自分は法に触れる行為をしているという事を、そしていつかはそれを償わなければならない時が来るということを 知っていたのかもしれない。 『でも…あんたはいつまで経っても“その事”を言う素振りはみせなかったし、私の無茶も随分聞いてくれたね……』 ルイン達にはドナとフェルディナンドがどのくらいの期間パーティを組んでいたのかは知らない。 しかし酒場でのやり取りなどを聞いているかぎり、それなりの期間は組んでいたはずだ。 恐らく3~4ヶ月、ひょっとすると半年近くは組んでいたのではないだろうか? 通常ギルドナイトが派遣された時点で、死刑が確定しているようなモノだ。 彼がドナとパーティを組んだ時はまだ、宣告はされていなかったという可能性もある。 ルインとリシェスがレフツェンブルグの街に来た時に掲示板に貼り出されていた文書。 街の倉庫区で死んでいた男のハンター。 恐らく“あれ”はギルドナイトによって処刑されたハンターの死体だ。 つまり、フェルディナンドがこの街に来た目的はその男ハンターを処罰するためだったのではないだろうか。 そしてドナと出逢い、次の任務までの待機期間の間彼女と共に過ごしていた、と。 だが、それにしても不可解な点が多い。 ギルドナイトのような“闇を持つ者”をギルドはそこらの街で遊ばせておくのだろうか。 それも考え難い事である。 と、なればフェルディナンドはやはりドナを殺すために街にやってきた、と考える方が正しい。 しかし“なんらかの理由”で彼女を殺せなかったのだ。 理由は何でもいい。 街に新しい犯罪者がいる、そう例えば倉庫区で殺された男のようなものがいる。 とでも報告すれば、迂闊な行動をギルドはしないだろう。 ドナを殺す事によって、他の犯罪者に逃げられても意味がないからだ。 『そう…分かっていても、私は楽しかったんだよ……。新しい坊やもできて、小娘も増えたって言うのに……。 “これから”って時にこうなるとはねぇ……。 こんな事ならもう少し真面目に生きときゃ良かったよ……』 『………』 フェルディナンドは何も言わない、ただ震えている。 怒りか、悲しみか、あるいはその両方にか、ただ黙って彼女の言葉を聴いている。 『坊や……』 もう視力も薄いのか虚ろな目でこちらを見る。 ルインは目を閉じたまま返事をした。 『小娘は……焼きもち屋だからね、心配かけずにしっかりと守ってやりなよ……』 『はい……』 彼女の言葉をしっかりと胸に刻みこむように、心の中で復唱する。 恐らく彼女と会話ができるのはこれで最後だ。 文字通り、最後の言葉を受け止めねばならない。 『小娘は……?』 『ここに、いま…す……』 泣くのを必死に堪えながらリシェスが答える。 『ルーは…いい男になるからしっかり捕まえときなよ…… あんまり怒ってばかりいると、坊やに愛想尽かされるから…他の女にちょっかいだされても怒るのはほどほどにしときな…… 小娘はせっかく可愛い顔…してんだからさ……』 ドナの言葉に大粒の涙を流しながら、何度も頷く。 それは今の彼女には見えないだろうが、雰囲気で察したのかドナは笑いを浮かべる。 『それとフェル……』 『僕は聞かないよ……!』 『いいから黙って聞きなよ…これで最後なんだからさ……』 彼女の言葉で、フェルディナンドが立ち上がり叫ぶ。 それは今までの彼からは想像もできないほどの怒りだった。 『駄目だッ!僕は聞かない!!だって…… それを聞いたら“本当に最後に”なるじゃないかッ!?』 凄まじい剣幕でドナを怒鳴りつける。 その様子は怒っているというよりもどこか━━━ 『なんでそんなに簡単に諦めるんだ!? ハンターなんだろっ!もっと、もっと必死に頑張ってみろよッ!!?』 どこか何かを認めたくなくて、必死に抵抗してる子供のようだった。 『……フェル』 そんな彼にドナは優しく微笑む。 もう痛みすら感じなくなってきたのだろうか。 苦痛に歪んだ今までの顔とは違う表情を見せた。 『…………』 『あんたはいい子だからね……今まで楽しかったよ… 無茶もさせたし…嫌な事もしたかもしれないけど…文句一つ言わずに一緒にいてくれたね…… これからもあんたは“あんたのまま”でいるんだよ…… 今までありがとね…フェル……』 彼の手を掴もうとしたのか、伸ばした彼女の手がゆっくりと崩れていく。 『ドナ…?ドナッ!?』 彼女からの返事はない。 いつの間にか瞳は閉ざされ、もう開く事はないように思える。 『………ッ!!』 奥歯を噛み締め、腰に差したアサシンカリンガを引き抜く。 そして一直線に駆け出す。 いつの間にか陸に上がってきていたガノトトスに向かって。 憎かった。 彼女の命を奪った水竜も、彼女を守れなかった自分の力の無さも。 そして、こんな風に彼女と彼を廻り合わせた運命も。 水竜の尾鰭も今は怖くない。 寧ろその動きはとても緩慢に見えた。 水竜がどんなにルインを拒もうと尻尾を振っても、彼が肉迫するのを防げない。 何故なら、彼には水竜が“止まって見えるのだから”。 止まっている者が攻撃したところで、動く者に当たる理由は無い。 ここに来て、ルインは今までにない速さを見せる。 ━━━人が、速く動けないのには理由がある。 一つは身体としての能力、動くには筋力を使う。 しかし、人が使える力は本来の二割に満たないモノだと言われている。 それはそれ以上の力を使えば、自らの身体が持たないからだ。 人は無意識下で自らの身体に制限をかけていると言う。 そしてもう一つ。 それは“見えない”からだ。 いくら速く動けたとしても、周りを見えなければ意味は無い。 視覚野に入ってくる情報を処理できなければ、それは見えないのと変わらないからだ。 動くスピードが速くなればなるほど、視覚野が処理しなければならいない情報は増え、 追いつかなくなれば、次第に“流されていく”。 故に人は見えなくなることを恐れ、自身の処理能力が追いつかなくなる以上のスピードで動く事を 無意識の内に拒む。 それが、その二つの理由が今のルインには無い。 前者は怒りによって吹き飛び、後者は天性の才によって振り払われている。 ルインは動き続けるだろう。 限界を超え、自らの力で自らの身体が壊れるまで。 それが早いのか、それともそれより先にガノトトスが倒れるのか、今彼がしているのは“そういう”戦いだ。 『う……?』 『━━━!?ドナっ!』 一瞬、ドナが呻きを上げた。 か細く、注意して聞いていなければ聞き逃しそうな声だ。 彼女はゆっくりとフェルディナンドの顔に手を伸ばし━━━ 『ただいま……私の《坊や》、いい子にしてたかい……?』 『ウィル……?』 聞きなれない名に、フェルディナンドが戸惑う。 『おやおや……遅くなったから怒ってるのかい?仕方ないねぇ……今日は《坊や》の好物でも作ろうかね…』 そういうと彼女の手はフェルディナンドの頬から離れ、地にゆっくりと落ちた。 リシェスは何も出来なかった。 水竜に立ち向かうルインを援護する事も、消沈するフェルディナンドを励ますこともできない。 いつもそうだ、村で火竜と戦った時もそうだった。 何度この悔しさを胸に抱いたら、強くなれるのだろう。 心でいくら想ってみても身体は動かない。 そんな自分がとても嫌いになりそうだった。 『リシェス……』 不意に名を呼ばれ“はっ”っとする。 思えば彼に名を呼ばれた事は、数えるほどしかない。 驚いたのも、それが理由かも知れなかった。 ゆっくりと、恐る恐る彼の方へと振り返る。 『僕をキャンプに戻らせてくれないか……?』 正直耳を疑った。 彼が何を言っているのか理解できなかった。 こうしている間にもルインは水竜と戦っている。 彼の為にもすぐに戦列へと加わるべきだ。 『な、何を言っているの……?━━━ルーをあのまま、一人で戦わせる気……?』 フェルディナンドは敵だ、味方ではないと分かっていたが、出てきた言葉はそれだった。 彼の目的はドナの処罰、水竜との戦いなど興味すらないはずだ。 しかしそれでも、“ルインを助けて”と問うしかなかった。 彼女にはルインを援護するだけの力はないのだから。 ドナが倒れた以上、ガノトトスと戦えるのはルインと彼だけだろう。 自分では、足手まといにしかならない。 分かっている、分かっているからこそ、フェルディナンドを戻らせたくなかった。 『━━━彼女を……ドナをこのままにしてをおけない。 このまま放っておいて、虫に喰われるなんて許せないだろ? だから、僕をキャンプに戻らせてくれないか……?』 彼の言うとおり、この場所に“彼女”を放置しておけば、虫や雑菌などに蝕まれる。 そればかりか、水竜の攻撃で傷つけられる恐れもある。 彼女を思うのならば、彼の言うとおりキャンプに運ぶのが賢明だろう。 しかし━━━ 『だったら私が……』 しかし、彼が戻ってくるという保証はどこにもない。 彼女の遺体を確保し、キャンプに待機している他のギルドナイトに報告。 そしてこの狩り場から撤退する、という可能性もあるのだ。 “彼に水竜と戦う理由が無い”という事実がリシェスをより不安にさせる。 ならば、ここは足手まといな自分が“彼女”を連れて行ったほうがいい。 だが、彼は静かに首を横に振った。 『頼むよ…、僕に行かせてくれ……』 『フェル……』 彼が“彼女”をキャンプに送り届けたいという想いは本物だろう。 しかしそれすらも演技かもしれない。 ギルドナイトならば、これくらいの演技は造作も無いことだろう。 『………』 音が聞こえる。 大河を流れる水の音。 そして零れ落ちる水の音。 大きな尾鰭が空を切る音。 ルインが息を乱しながら、地を蹴る音。 彼の剣が硬い鱗に弾かれる音。 そんな音を聞きながらも、周りはやけに静かだった。 『戻ってきて…くれるの……?』 迷っている時間はない。 そうしている間にも、ルインの体力は消耗していく。 『……約束しよう』 彼女の小さな問いかけに、彼もまた小さく答えた。 “彼女”の顔を見つめながら、ゆっくりと抱き上げる。 ドナは女にしてはやや大柄だった。 それを小柄なフェルディナンドが簡単に抱き上げたことに、軽い違和感を感じる。 気を失った人間は存外に重たい。 それを、いとも簡単に彼は抱き上げたのだ。 『━━━…ディナンドッ!!』 ルインの声が響く。 慌てて彼の方へと振り返れば、依然として彼はガノトトスに張り付いている。 喋る余裕などあるわけがない。 だが、彼は叫んだ。 『“彼女”を頼むッ……!!』 こちらの会話が聞こえていたはずは無い。 仮にこちらの声が届いていたとしても、彼が聞いている筈が無い。 フェルディナンドは呆気に取られたように彼の方を見た後、大きく頷き駆け出した。 速い。 人一人を抱えているとはとても思えない速さだ。 フェルディナンドの後姿がみるみるうちに小さくなっていく。 彼が向かったのは《エリア3》。 そこから《エリア1》か《エリア2》を抜ければベースキャンプだ。 あのスピードなら、戻ってくるのに半時とかからないだろう。 そう、“戻ってくるのなら”━━━ 彼がこの場を離れて、どれくらいの時間が過ぎただろう。 もう一時間は経過しようとしている。 もっとも、それも体感での話なので、実際はそれほど時間は過ぎていないのかもしれない。 『ルー……』 あれからルインの作った隙を突いて攻撃をしたりもした。 何度かガノトトスを転倒させたりもした。 だが水竜は倒れるどころか、弱った素振りも見せない。 にもかかわらずルインは懸命に攻撃を続ける。 尾鰭の攻撃をかわし、腹下に潜り込み、懸命に剣を振るう。 彼ももう限界だ、それは誰の目から見ても明らかだった。 彼はドナが倒れた時から、ずっと“あの調子”で動いている。 正直いつ動きを止めてもおかしくは無い。 ━━━そして動きを止めた時が彼の最後だ。 『ッ!?リシェスッ!!』 その彼が叫んでいる。 自分の名前を呼んで━━━ 慌てて大剣を構え、衝撃に備える。 が、鈍い音が剣を伝わり、脳に響いたかと思うと一瞬も踏ん張れずに吹き飛ばされる。 ガノトトスのあの巨体だ。 人の力などで受け止められるわけがない。 『リシェスッ!!?』 為す術もなく吹き飛ばされ、湿ったジャングルを転がる。 湿った草が肌にくっつく不快感も、髪が泥で汚れることもどうでも良かった。 ただ、吹き飛ばされた時に引きつった顔をしていたルインだけが気がかりだった。 どれほど吹き飛ばされたのだろうか。 何度も天地が入れ替わり、意識が朦朧とする。 直撃を防いでなおこの威力なら、まともに受けていれば命はなかっただろう。 嘔吐感を堪えながら立ち上がろうとするが、四肢に力が入らない。 何せ自分が今上を向いてるのか、それとも下を向いているのかも分からないのだ。 こんな状態で立てるはずも無い。 『リシェッ…グッ!?』 リシェスに駆け寄ろうとした瞬間、ガノトトスの尾鰭がルインを捉える。 彼もまた盾で受け止めたものの、彼女と同様に吹き飛ばされる。 震える膝に力を入れ、剣を支えに立ち上がる。 否、それは立ち上がったとは言えない。 剣が身体を支えていなければ、立っていられないのだから。 先ほどの尾鰭を受けた時の衝撃は、彼の脚へのダメージをより決定的なモノにした。 “動きすぎて”いたのだ、ルインは。 過度の運動は人の身体を痛めつける。 そこにあの様な衝撃を受ければ、骨の一つでも壊れてもおかしくはない。 動かなくなった標的をガノトトスがじっと見つめる。 速さが無くなれば、攻撃を避けないのであれば焦ることもない。 脆弱な人間など、一撃で決着が付くのだから。 瞬間、高らかに笛の音が響く。 それは角笛と呼ばれるモノ。 モンスターの注意を引くためだけに調律された笛だ。 無論それはガノトトスといえども例外ではなく、音のする方へと振り返る。 そこにはあまりにも場違いな者が立っていた。 このジャングルにはあまりにも不釣合いな者が。 狩り場にいる者というよりは、どこかの宮殿でも守護していそうな騎士。 赤を基調とし、合わせられた白がより鮮明に赤を際立たせる。 顔が隠れるほどの帽子を被り、腰には見たこともないような剣を携えている。 これからモンスターと、ましてや飛竜と戦う者の姿ではない。 その者は姿はモンスターの攻撃を受ける鎧というには、薄すぎる。 そこらの街の者が着ている服と、そう大差ないように思えた。 『フェ…フェルディナンド……?』 彼は吹いていた笛を投げ捨てると、背中から二対の剣を引き抜く。 蒼く澄んだ細剣。 光を受け、淡く輝く碧の直剣。 そのどちらの剣も見たこともない形、そして美しさだった。 宝石を思わせるかの様な輝きに、自然と目を奪われる。 その美しい刀身に自分達はおろか、ガノトトスさえ見とれているような気がした。 『我はギルドナイツ、フェルディナンド・イシュタルテ…… ━━━行くぞ、踊れッ……!!』 彼は聞いたことも無いような名乗りを上げる。 そしてその瞬間剣を合わせ天高く掲げ、高い金属音を響かせながら剣が振り下ろされる。 ━━━その瞬間彼の周りの草木が舞い上がったかの様な気がした。 しかしそれは気のせいではない。 彼が剣を振り下ろした瞬間、彼は駆け出したのだから。 舞い上がった草は、彼が踏み出した時に舞い上がったモノ。 つまり、彼は“そんな”スピードで踏み出したのだ。 それは彼が速いというレベルの話ではない。 《エリア7》の入り口、そこから僅か数秒でエリアの中央にいるガノトトスの足元に肉迫したのだ。 風が、彼の通った道を数秒遅れで追いかけていく。 それだけでも驚嘆すべき事なのに、起こっている光景に絶句した。 彼は“踊れ”と言った。 それは誰に向けた言葉かは分からないが、水竜の足元で彼は“舞っている”。 煌めく剣を振りながら、舞うようにガノトトスに斬りつけていく。 彼の剣は弾かれる事なく、水竜の鱗を切り裂く。 例え脚を支える強固な鱗であっても関係なく。 ━━━水竜は、身動きすら取れない。 ただ脚を切り裂かれながら、為す術もなく転倒する。 そして、彼の剣がガノトトスの腹に突き刺さる。 圧倒的だった。 自分達が苦戦して、その末負けそうになっていた相手を彼は一人で、いとも簡単に倒してしまった。 その様子に目を疑う。 これは“本当に人間の仕業なのか”と。 腹に刺さった剣を引き抜くと彼は構えを取った。 それはどういった意図だったのだろう。 考える間もなく答えを知る。 それはつまり━━━ガノトトスに“止めを刺す”のだ。 見たこともない構えから放たれる無数の斬撃。 それはいつか見た彼の“速さ”だ。 剣を振るう彼の腕が見えないほどの斬撃をガノトトスに浴びせかけている。 鱗が飛び、血が舞い、命が散る。 それだけの事をしながら、彼は返り血を浴びていない。 それは彼の服が赤だからなのだろうか。 ガノトトスはもはや動くこともなく、ただ地に伏せている。 彼もはまだ気がすまないのか、ゆっくりと剣を水竜に突き立てた。 『フェル……』 足を引きずりながら、彼に近付く。 彼に襲われるかという心配はあったが、それでも話がしたかった。 『ルイン……ドナは死んだよ…』 『━━━あぁ……』 『こんな奴に殺されて…死んだんだ……』 『あぁ……』 彼は突き立てた剣からゆっくりと手を離す。 『━━━僕は、こんな時…どんな顔をしたらいいんだ……?』 『……ッ!?』 振り返った彼の頬には涙が伝っていた。 泣いている事にも気が付いていないのか、彼の瞳は“どうしたら?”と本気で問いかけていた━━━
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人名 初期攻撃力 初期防御力 コスト スキル名 スキル効果 カンスト攻撃力 カンスト防御力 山中鹿之助 222 167 7 大胆不敵 敵単体防御ダウン カンスト攻撃力 カンスト防御力 エギル 530 470 8 甲冑潰し 敵単体防御ダウン カンスト攻撃力 カンスト防御力 葛飾北斎 170 170 6 偽兵団三十六景 敵単体攻撃ダウン カンスト攻撃力 カンスト防御力 香沼姫 655 904 6 奔放な姫 敵単体攻撃ダウン カンスト攻撃力 カンスト防御力 ベートーヴェン 150 150 5 鎮静曲第七番 敵単体攻撃ダウン カンスト攻撃力 カンスト防御力 華姫 423 477 7 気丈な精神 自身防御アップ カンスト攻撃力 カンスト防御力 ビリーザキッド 261 189 8 早打ち 自身攻撃アップ カンスト攻撃力 カンスト防御力 絶姫 222 167 7 偽りの男装 敵単体防御ダウン カンスト攻撃力 カンスト防御力 森蘭丸 1014 936 8 覇王の小姓 自身防御アップ カンスト攻撃力 カンスト防御力 董白 590 410 8 暴虐君主の愛孫 自身攻撃アップ 11800 8200 オデュッセウス 531 369 7 トロイアの木馬 敵単体攻撃ダウン カンスト攻撃力 カンスト防御力 カテリーナ 1069 840 8 復讐の刃 自身攻撃アップ カンスト攻撃力 カンスト防御力 グレティル 156 183 6 弱者の見抜き 敵単体攻撃ダウン カンスト攻撃力 カンスト防御力 ヘルメス 486 414 7 聖鳥の支援 自身攻撃アップ カンスト攻撃力 カンスト防御力 おつやの方 416 384 6 清き身の守り 自身防御アップ カンスト攻撃力 カンスト防御力 トリスタン 504 396 7 騎士の威圧 敵単体防御ダウン カンスト攻撃力 カンスト防御力 王桃 660 440 9 女頭の手癖 敵単体防御ダウン カンスト攻撃力 カンスト防御力 王昭君 862 897 7 驚嘆の美貌 敵単体攻撃ダウン カンスト攻撃力 カンスト防御力 十三妹 468 432 7 涙飲の報復 自身防御アップ カンスト攻撃力 カンスト防御力 崎姫 392 408 6 城からの見物 自身防御アップ カンスト攻撃力 カンスト防御力 マゼラン 826 733 6 大航海の気概 自身防御アップ カンスト攻撃力 カンスト防御力 婦好 400 400 6 武丁の寵愛 敵単体防御ダウン カンスト攻撃力 カンスト防御力 ウィリアム・テル 378 322 5 武具破弓 敵単体攻撃ダウン カンスト攻撃力 カンスト防御力 ヴラド・ツェペシュ 472 328 6 冷酷な一撃 自身攻撃アップ カンスト攻撃力 カンスト防御力 近松門左衛門 288 192 9 浄瑠璃:曽根崎心中 自身攻撃アップ カンスト攻撃力 カンスト防御力 アンデルセン 596 573 4 攻謡 戦火の赤き靴 自身攻撃アップ カンスト攻撃力 カンスト防御力 タンホイザー 376 424 6 防人の詩 自身防御アップ カンスト攻撃力 カンスト防御力 山本勘助 253 176 8 啄木鳥戦法 敵単体防御ダウン カンスト攻撃力 カンスト防御力 琴姫 218 171 7 信玄からの援助 自身攻撃アップ カンスト攻撃力 カンスト防御力 コロンブス 616 753 5 磁気偏角 自身防御アップ カンスト攻撃力 カンスト防御力 蘆屋道満 378 522 7 護の呪術 自身防御アップ カンスト攻撃力 カンスト防御力 西施 294 406 5 色香計 敵単体攻撃ダウン カンスト攻撃力 カンスト防御力 霧隠才蔵 1131 819 8 伊賀者の技 自信攻撃アップ カンスト攻撃力 カンスト防御力 ジョン・ラカム 486 414 7 海賊の戦い方 敵単体防御ダウン カンスト攻撃力 カンスト防御力 小雀 1111 838 8 一点狙い 自信攻撃アップ カンスト攻撃力 カンスト防御力 蛍 504 396 7 暗夜の急襲 敵単体防御ダウン カンスト攻撃力 カンスト防御力 石田三成 243 207 8 水計の守り 敵単体攻撃ダウン カンスト攻撃力 カンスト防御力 テイレシアス 138 191 6 予言の力 自信防御アップ カンスト攻撃力 カンスト防御力
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カード図鑑 レア度別:☆☆☆☆
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優先度 ★☆☆☆☆(産廃)リスト 現在の環境ではほとんど活躍が見込めず、召喚素材や売却として消費した方が良いカードを優先度 ★☆☆☆☆(産廃)として分類しております。 属性 コスト タイプ カード名 赤、紫 48,60(ぷよフェス) こうげき にゃんこのりんご 青、緑 48,60(ぷよフェス) こうげき にゃんこのアルル 黄、紫 48,60(ぷよフェス) こうげき にゃんこのラフィーナ 赤、黄 48,60(ぷよフェス) こうげき あかいアミティ 緑、赤 48,60(ぷよフェス) こうげき はりきるドラコ 赤、青 48,60(ぷよフェス) たいりょく うるわしのルルー
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☆☆☆☆☆☆ むつほしきらり【登録タグ:ARI Minao Ohse SAYA アダルトゲーム 倉沢はるか 六ツ星きらり 春日りか 曲 曲む 曲むつ 榊原ゆい 榎津まお 茶谷やすら】 曲情報 作詞:Minao Ohse? SAYA? 作曲:ARI? 編曲:- 唄:榎津まお? 春日りか? 倉沢はるか? 榊原ゆい 茶谷やすら? ジャンル・作品:アダルトゲーム 六ツ星きらり カラオケ動画情報 オンボーカルワイプあり コメント 名前 コメント
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レア度:☆☆☆☆ KST062 釣り銭ブラスト レアリティ:★★★★☆ ジャンル ― 効果 自分の手札3枚を破棄することで使用を宣言する。次の相手プレイヤーのターンを無かったことにする。 ― KST063 爆弾魔 レアリティ:★★★★☆ ジャンル ― 効果 デッキに1枚制限。敵ベンチの裏側表示のカードを1枚破壊する。その後、相手プレイヤーの山札の1番上のカードを破棄する。 ― KST078 合体実験 失敗 レアリティ:★★★★☆ ジャンル ― 効果 デッキに1枚制限。味方フィールドのユニット1体を破棄することで使用を宣言する。破棄したユニットの【魂+ダメージカウンター】と同じ数だけ、相手プレイヤーの山札の一番上から順にカードを破棄する。 ― KST079 絶対最強トンカチ レアリティ:★★★★☆ ジャンル ― 効果 デッキに1枚制限。フィールド上の表側表示のユニットのうち、1体を破棄する。その後、相手プレイヤーの手札をランダムに1枚破棄する。 ― KST081 強制帰宅 レアリティ:★★★★☆ ジャンル ― 効果 フィールド上の表側表示のユニット1体を、そのプレイヤーの手札に戻す。そのユニットのダメージカウンター、EXカウンターはすべて取り除かれ、ユニットを手札に戻したプレイヤーは、そのユニットの【魂】の数だけ山札からドローする。 ― KST082 これが勝利の鍵だ! レアリティ:★★★★☆ ジャンル ― 効果 デッキに1枚制限。このカードを使用する時は、相手プレイヤーからの妨害を受けることなく効果を発動できる。自分の山札からカードを1枚選び、相手プレイヤーに見せた後、手札に加える。その後、山札をシャッフルし、ターンを終了する。 ― KST092 マジカル・カタパルト レアリティ:★★★★☆ ジャンル ― 効果 自分の手札から任意の枚数のカードを破棄することで使用を宣言する。破棄したカードの枚数分、相手プレイヤーの手札をランダムに破棄する。 ― KST099 ファイナルデッドブレス レアリティ:★★★★☆ ジャンル ― 効果 【ユニット名:ファイナルドラゴン】が味方フィールドに存在しているときのみ使用を宣言できる。敵ベンチのすべてのカードを破壊する。 ―
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大久保香澄:★★☆☆☆☆☆☆(パートナーデッキ) 攻略 ※チェック待ち。50音順待ち。 合計40枚+02枚 下級22枚 オネスト×2 雲魔物-スモークボール×3 雲魔物-ターピュランス×2 幻想召喚師×2 コーリング・ノヴァ×2 シャインエンジェル×2 天空の使者 ゼラディアス×2 ハッピー・ラヴァー×3 マシュマロン もけもけ×3(お気に入り) 魔法11枚 怒れるもけもけ×2 サイクロン 死者蘇生 天空の聖域 貪欲な壺×2 ハリケーン 光の護封剣 罠09枚 大番狂わせ 激流葬 ジャスティブレイク×2 人海戦術×2 聖なるバリアミラーフォース 同姓同名同盟×2 エクストラ2枚 キングもけもけ×2